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38 視線誘導と遅延攻撃(下)

バァァンッ!


手首を強引に押し込んだ暴烈なフラットドライブが炸裂し、ノータッチエース。

「2-2(ツー・オール)!」


(両膝を軽く曲げているが、重心は沈み込むどころか、むしろ上へ伸び上がっている)


(近接攻撃のモーションに見せかけて、実は後衛を狙い撃ちする対空スキル(ロングレンジ)のタメ動作か)


奏の人差し指が、上へと軽く弾かれる。


柊斗は顔すら上げなかった。ボールがネットを越えるより早く、鋭く後方へバックステップを踏むと、ベースラインから高く跳躍し、全身を弓のようにしならせた豪快なスマッシュを瀬戸航平の足元へ容赦なく叩き込んだ。


「2-3(ツー・スリー)!」


それからの10分間。


瀬戸航平がどれほど視線を散らし、フェイントを駆使して誘導しようとも、彼の『重力の軸』がほんの1ミリでもズレた瞬間、コートサイドのベンチから密かに特定の座標が指し示された。


(左)

(懐)

(バックステップ)


瀬戸航平の額にはびっしりと冷や汗が滲み、背中のウェアはすでに汗で重く張り付いていた。彼が対峙しているのは一人の人間などではなく、まるでこちらの思考をすべて見透かし、先回りして立ちはだかる絶望の壁のように感じられた。どれほど手を変え品を変えようとも、柊斗は常に最も省エネなステップと最も合理的なポジションで、先回りして彼を待ち構えているのだ。


「2-6!」

「2-8!」


岩本コーチはコートサイドに立ち、無駄なブレが一切ない柊斗の洗練されたステップを見つめながら、深い深い底なしの困惑に陥っていた。


このスタイル……確かに、教科書に載っているような基本動作は皆無だ。粗暴で、直接的で、対戦相手をただの固定された球出しマシンと見下しているかのような極限の傲慢さすら孕んでいる。だが、その着弾点の先読みは毎回、背筋が凍るほどに正確無比だった。


「2-10(ツー・テン)! 10球勝負、千野の勝ち!」


サービスラインに突き刺さった最後のノータッチエースが転がっていくと、コートには瀬戸航平の荒い喘ぎ声だけが残された。青年は片手で膝をつき、脱力したように対面のスター選手を見つめている。その瞳には圧倒的なまでの衝撃と挫折が入り交じり、これまでのテニス人生の存在意義アイデンティティを根底からへし折られたような顔をしていた。


柊斗はろくに汗すら掻いていなかった。黒と青の貸出用ラケットをラックへ無造作に放り投げると、静まり返った空気の中を再びベンチへと歩き出す。


彼は奏の前に立ち止まり、その長身が深い影を落とした。薄汗で湿った浅い金色の前髪が額に散らばり、コートの照明を反射して艶やかに光っている。


奏が反応するより早く、柊斗が唐突に屈み込んだ。マメのできた長く大きな両手が何の前触れもなく伸ばされ、奏の両頬を左右からガシッと挟み込むように押さえつけたのだ。


高強度の試合を終えたばかりの少年の手のひらは恐ろしいほどに熱く、運動後特有の高い体温が隙間なく直接伝わってくる。


手のひらの強い圧力で頬の肉が真ん中へと寄せられ、奏の唇は不本意にもアヒル口のように微かに開かされた。


「最高の連携だったぜ、かなで」


柊斗の長い指は柔らかい布地と肌の間に食い込み、喜悦のせいか指先が微かに力を増す。彼は一切の遠慮もなく奏の目を真っ直ぐに見つめ、その瞳の奥には隠しきれない笑みがなみなみと溢れていた。普段の冷たく硬い声線は、少しばかりハスキーに掠れている。


(くそ、この生意気なガキ、また俺の名前を呼び捨てにしやがって)


力加減を知らない大型犬のような凄まじい握力だ。手のひらの分厚いマメがゴツゴツと頬に当たって痛いし、何より、顔のすぐ近くまで迫ってくる清涼なミントの香りが無視できないほどに強烈だった。奏はベンチに座ったまま完全に硬直状態に陥り、手の中のポテチの袋をガサガサと握りつぶした。彼はもごもごとくぐもった声で、相手の硬い手首をポカポカと叩く。「離せっ……汗臭いんだよ、汚ぇ……」


だが、その耳の付け根までが、この瞬間にひっそりとカァーッと熱を帯びていた。


「柊斗! 何だその態度は!」


重い足音と怒鳴り声が遠くから急速に近づいてくる。岩本コーチが赤土を踏み鳴らして大股でこちらへ向かってきた。その青筋の立った顔色は、さきほどのオフィスにいた時よりもさらに険悪さを増している。


柊斗はようやく名残惜しそうに手を離し、ゆっくりと身体を起こすと、面倒くさそうに両手をポケットに突っ込んだ。だが足をずらした瞬間、彼は意図的に身体を半身の姿勢にし、自身の広い肩でベンチに座る奏の姿を大半隠して見せた。


「お前は私の教えを完全に忘れたのか!?」岩本コーチは怒りで胸を激しく上下させ、手にした戦術ボードをバシバシと叩いた。「さっきオフィスで言ったことを、右から左へ聞き流したのか!? ステップの連動もなく、戦術的なラリーの駆け引きもなく、ただ突っ立って球を待つだけだと!? ふざけるな! これは対戦相手への、そしてテニスという競技への冒涜ぼうとくだ!」


コーチの怒涛のような詰問を背に浴びながらも、柊斗の顔色は振り向いた瞬間にはすでに氷のように冷え切っていた。彼はまぶたを持ち上げることもなく、淡々と告げた。「俺が勝ちました。10ポイントマッチで、瀬戸はたった2点しか取れなかった。これが俺の戦術ですよ」


最初から最後まで、彼は背後のベンチへ一切視線を向けず、すべての尋問と射抜くような視線を、自らの広い背中で死守していた。


「お前というやつは……」岩本コーチは、全く取り付く島もないその傲慢な態度に怒りでワナワナと震えた。傍らでうつむき、恐怖で言葉を発せない瀬戸を一瞥し、次いで全く悪びれる様子のない絶対的エースを見やると、とうとう堪忍袋の緒が切れた。彼はすぐ横のボールカートからラケットを1本乱暴に引き抜いた。


「いいだろう! 瀬戸では力不足だと言うのなら、私が自ら相手をしてやる」岩本コーチは片手でグリップを握り締め、ベースラインを指し示した。その瞳には、元プロ選手としての絶対的な威厳が満ちている。「コートへ出ろ、柊斗! お前のそのふざけた『新戦術』とやらが、本物のプロの経験を前にして何分持ちこたえられるか、試してやろう!」


コートサイドの空気が、一瞬にして張り詰めた。


奏は心の中で「マジかよ」と悲鳴を上げた。まだやるのか? これ以上続けたら俺の視覚細胞が完全にストライキを起こす。それに、元プロの筋肉データなんて、行動パターンが完全に暗号化された裏ボスの超絶難易度ギミックみたいなもんだ。午後に家でゲームをするために残しておいたなけなしのスタミナを、こんなクラブのコートで使い果たすつもりはないぞ。


幸いなことに、柊斗もこれ以上、従順なモルモットを演じる気はないようだった。


彼はコーチの手にあるラケットを一瞥し、周辺視野で、ベンチでポテチの袋を抱き抱え直して「お家に帰りたい」と顔にデカデカと書いている奏を認めた。


「今日はここまでです。俺のスタミナはもう尽きましたよ」柊斗は口角を皮肉気に歪め、微塵も誠意を感じさせない言い訳をぽつりと落とした。


その言葉が落ちるや否や。彼は振り返りざまに奏の細い手首をガシッと掴み取り、足元を固める隙すら与えずにグッと力を込め、ベンチでぐったりしていたオタクを強引に引きずり起こした。


「え、ちょっ……」奏はポテチの袋を抱えたまま、問答無用で引きずり去られていく。


「柊斗! 待ちやがれ!」というコーチの怒髪天を突く咆哮が響き渡る中。柊斗は一切の反抗を許さない力強さで柏木奏の手を引いたまま、一度も振り返ることなく大股で赤土のコートから颯爽と姿を消した。

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