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34 アイスレモンティー(下)

岩本弦一郎は手にしていたファイルを「バンッ」と激しい音を立ててデスクに叩きつけた。その衝撃で机の角に置かれたコーヒーカップがカチャリと揺れる。


「後半のふざけたプレイは百歩譲るとしてもだ。まずは第1ゲームのあれは何だ、説明しろ!」岩本は眉間を深く刻み、胸を激しく上下させながら、ほとんど咆哮に近い声で怒鳴りつけた。「自分のサービスゲームで突っ立ったまま? レシーブで膝ひとつ曲げない? 一体何をやっていた!? あの時、頭の中で何を考えていたんだ!」


押し寄せる怒涛のようなコーチの怒気を前にしても、千野柊斗は相変わらずだらりとした姿勢を崩さなかった。彼はまぶたを持ち上げることすらなく、まるで今日の天気でも語るかのような平坦な声で答えた。「別に何も。ただ、相手がどんな手札を持ってるのか、とりあえず見てやろうと思っただけです」


「ふざけるな!」


岩本は再びドンッと机を叩いた。額には青筋が浮かび上がっている。「あれは準決勝だ! 練習試合じゃないんだぞ! 準決勝を遊びだと思っているのか!? 昨日の第1ゲームが終わった直後、会長やクラブのメイントップスポンサーから直々に私へ電話がかかってきて、何と問い詰められたか分かるか? クラブが大金をはたいて引き入れた『天才』は足を怪我しているのか、それともわざと手を抜いて八百長やおちょうでもやっているのかってな!」


しかし、その厳しい叱責を聞かされても、千野柊斗にはまるで響いた様子がなかった。彼はただ横を向き、窓の外のコートで汗を流す一般のスクール生たちを眺めている。その冷ややかな眼差しは、抗議も追及も自分には一切無関係であるかのように無頓着だった。


岩本は、何を言っても暖簾に腕押しなこの少年の態度に、満腔の怒りを削がれる思いだった。彼は深々と溜め息をつくと、オフィスチェアを引いてどっかりと腰を下ろした。下腹部の前で両手で組み、張り詰めていた表情をわずかに緩めると、その目には指導者としての苦悩と諦念が入り混じっていた。


「千野、お前がアメリカに数年いたことは分かっている。あちらの環境は個性を重んじ、選手がエゴを剥き出しにして、絶対的なパワーでねじ伏せることを是とする文化だ。だが、それはここ日本のテニス環境とは大きな乖離かいりがある」岩本のトーンが一段下がり、眼前の少年を諭すように見つめた。「帰国した以上、日本特有のプレイスタイルに順応する努力をしなさい」


柊斗はデスクの縁に寄りかかったまま、片側の肩をわずかに落とし、黒いウインドブレーカーをだらりと垂らしている。彼は反論することもなく、ただ伏し目がちに、ポケットに突っ込んだ右手の指の関節を親指で軽く二度こすった。


「お前はまだ若い、柊斗。だが、いつまでも自分の我儘を押し通すわけにはいかないぞ」岩本は机上のタクティクスボードを指差した。「テニスは100メートル走じゃない。誰が一番速く走れるか、誰の力が一番強いかだけで勝敗が決まる競技ではないんだ。日本のコートで求められるのは『緻密なボールコントロール』と『ラリー戦の駆け引き』だ。ベースラインで根気よく相手と打ち合い、相手の重心の移動を読み解く術を身につける必要がある」


岩本が手元のリモコンのボタンを押すと、壁のモニターが昨日の柊斗のプレイ映像を再生し始めた。画面は、大原賀人の足元へとほぼ垂直に突き刺さった、あの強烈なオーバーヘッド・スマッシュの瞬間で一時停止された。


「自分ではこのスマッシュが完璧だったと思っているのか? これはな、戦術的なリスク管理が一切なされていない、野生の直感だけに頼った素人同然のムーブだ」


岩本は赤いレーザーポインターで、画面上の柊斗の足元と体幹の動きを丸く囲み、重々しい声で指摘した。


「正しいスマッシュの手順というものは、起跳ジャンプの前に必ずスプリットステップを踏んでタイミングを計り、インパクト後も次の展開に備えて即座に体勢を立て直せるようにバランスを保つのが鉄則だ。だがお前はどうだ? 着地後のリカバリーや守備位置への戻りを完全に放棄し、100%の運動エネルギーをこの一撃の破壊力だけに全振りしている! お前は自分の並外れた滞空時間と動体視力に物を言わせて、無理やり空中で打点を合わせ、強引にボールを叩き落としただけだ」


レーザーポインターの光点が、対面の相手選手へと移動する。


「これは戦術じゃない、ただのギャンブルだ。もし大原が焦って崩れておらず、目線やラケットの面使いでコースを偽装するような高度なフェイントを仕掛けて、お前をわざと全力で跳ばせていたらどうなっていた? 後先を考えないこんな素人じみたプレイでは、着地時の大きな隙(硬直時間)を突かれて、いとも簡単にパッシングショットで抜かれていたはずだ。お前は自らコート上で最悪の窮地に陥っていたんだぞ!」


オフィスの中には一時、加湿器が白いミストを噴き出す「シューッ」という微かな音だけが残された。


岩本は背もたれに身体を預け、依然として波一つ立たない柊斗の横顔を見つめた。その眼差しには、伝統を重んじる指導者としての厳格な期待が入り交じっていた。


「柊斗、お前が背負っているものは、そこらの高校で部活動に励んでいるような選手たちとは違うんだ。お前が今戦っているのは、全日本ジュニア選手権へと続く『東京都ジュニア本戦』だぞ! 準決勝でネット中を騒がせるようなあんな無軌道なマネをして、来週の決勝はどうするつもりだ? この都大会が終われば、全国ランキングに直結する全日本大会がすぐに控えている。これは単なる目先の勝敗の問題ではない。お前の一挙手一投足すべてが、スポンサーの評価に直結しているんだ!」


そこまで言うと、岩本は言葉を切り、さらに一段と声を重くした。


「お前のアメリカからの帰国にあたり、無試験でうちのクラブのエリート枠『選手コース』へ直接編入させ、国内トップクラスのスポーツ医療チームと大手スポーツブランドの専属スポンサー資源を与えられるよう……お前の父親が裏でどれだけクラブの上層部に頭を下げて交渉に回ったか、お前自身が一番よく分かっているはずだ。これは、プロの舞台へと直結するプラチナチケットなんだぞ!」


岩本は少年の瞳を真っ直ぐに睨み据え、苦渋に満ちた声で絞り出した。


「父親がお前にどれほどの期待をかけているか、分からないわけじゃないだろう? 全国大会へ向けたこの最も重要な局面で、自分の我儘だけでコートを荒らしまわるような真似は、絶対に許されない!」

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