32 アロエジェルと素直になれないモーニング・チャンネル(下)
準決勝における千野柊斗のパフォーマンスは、まさに大型爆弾のごとく、日本の高校テニス界のみならずスポーツ系のネットコミュニティ全体に前代未聞の激震をもたらした。
試合の翌日、日本最大級の匿名掲示板のスポーツ板は、関連する議論スレで完全に埋め尽くされ、祭り状態となった。
普段は様々な試合予想や雑談で賑わうトップページが、この時ばかりは「千野」「大原」「棒立ち」「怪物」といったワードに完全に占拠されていたのだ。
柏木奏はソファの上であぐらをかき、デリバリーで頼んだエビフライの尻尾を齧りながら、大きなタブレットで赤文字が躍る勢いのある人気スレをスクロールしていた。
そして、もう一つ熱を帯びているスレ。
【炎上覚悟】千野柊斗の準決勝のプレイスタイル、ぶっちゃけ天才なの? それとも舐めプ?
1 :名無しさん
昨日の配信見た? 千野VS大原賀人のやつ。一応ソースの動画ね[リンク]。
これマジで何のバグだよ? レシーブの時にスプリットステップ一切踏んでないし、足の裏にアロンアルファでも塗ってんのかってくらいベースラインに張り付いてる。ボールがネット越えてからダッシュしてんのに、なんで毎回ドンピシャで追いつけんの?
5 :名無しさん
動画見た。草、この生意気な態度はマジでヤバい。相手の大原賀人だって一応シード選手なのに、完全に心折られてメンタル崩壊してんじゃんw
12 :名無しさん
こんなの理論的にあり得ないでしょ! テニスの基本はフットワークなのに、フットワークがないどころか体勢の切り替えがバグってる。相手がラケット振った瞬間、あいつ完全に重心右に寄ってたのに、球が飛んできた刹那に強引に体幹ひねって左に飛びついたぞ? 体幹のバネどうなってんだよ怪物かよ。
23 :名無しさん
単なる目立ちたがり屋だろ。アメリカ帰りだからって国内の高校生相手にイキってんじゃねーよ。相手を小馬鹿にしたような「棒立ちスタイル」とか、スポーツマンシップのかけらもねえな。決勝でボコられるのを楽しみにしてるわ。
34 :名無しさん
>>23
イキリじゃないぞ、0.5倍速のスローで見てみろ[画像1][画像2]。
千野の目線に注目。あいつ大原賀人のラケットもフェイントも一切見てねえぞ! インパクトの直前、一瞬だけ完全に目線が明後日の方向を向いてる。まるで……何かの合図を待ってるか、別の「何か」を見てるみたいだ。
45 :名無しさん
合図を待ってる? 試合中のコーチングは違反だろ。それに会場あんなにうるさいのに何が聞こえるんだよ。まさか超能力者とでも言う気か?
58 :名無しさん
誰も言わないから小声で言うけど、スタンドの左側3列目にいた奴に気づいた人おらん?
千野のちょうど真後ろあたりに、この猛暑の中でミイラみたいに全身銀灰色のUVカット服で固めてる不審者がいたんだよ。千野が例の神がかり的な先回りレシーブを決めるたび、相手じゃなくて毎回その不審者の方を見てた気がする……。
61 :名無しさん
>>58
考えすぎだろ。あの不審者、サングラスで顔も見えないし、熱中症寸前のカカシにしか見えなかったぞ。千野は単に自分のクラブのコーチが怒ってないか気にしてただけだろww
72 :名無しさん
とにかく決勝のチケットがすでに転売でえらい価格になってる。みんな千野のあの「理不尽な人間卒業レシーブ」が、決勝のコートでも通用するのか見届けたいんだろ。もしマジなら、日本の高校テニス界に大地震が起きるぞ。
【データ解析】千野柊斗の戦術的異変──これ、中身マジでいつもの「暴君」か?!
1 :名無しのデータ厨
イッチが昨日の準決勝の録画と、全米選手権の時の千野のデータを徹夜で比較してみた。お前ら、マジでビビるぞ。ソース添付[走行距離のヒートマップ比較]。
以前の千野:コート中を縦横無尽に暴れ回る狂犬。圧倒的な瞬発力とスピードでゴリ押し。
昨日の千野:走行距離がほぼ半分に激減。レシーブの時にスプリットステップすら踏まず、両足がベースラインに溶接されてるレベル。おいおい、エンジョイ勢のシニアテニスかよ? 一番ヤバいのは、あのシード選手を相手に(途中でゲームを落としたとはいえ)手も足も出させないレベルで圧倒したことだよ!
14 :名無しのテニス部
現役高2テニス部員だけど、見てて吐きそうになったわ。ウチの顧問なんて、常に重心意識してステップ踏めって毎日ラケットで足叩いてくるのに。千野のやつ、完全に棒立ちでレシーブしてやがる。俺が配置換えでこんなことやったら即座にコートから叩き出されるわ。あの棒立ちでなんで相手のコースチェンジに追いつけんだよ教えろ。
25 :名無しのデータ厨
>>14
スロー再生を穴が開くほど見てみろ。千野は適当に立ってるんじゃなくて、「予測(読み)」っていうフェーズ自体を脳内から全削除してんだよ。昨日、大原賀人がどれだけフェイント仕掛けた? 千野は一切引っかかってない! 普通なら相手の肩が動いた時点で逆突かれて終わりなのに、千野の重心は微動だにしてない。球がラケットから離れる最後の1マイクロ秒まで硬直状態で待って、そこから怪物じみた絶対的な瞬発力だけで強制位置同期してんだよ!
41 :名無しさん
そこが一番ホラーなんだよな。日本のテニス界が得意とする「心理戦で重心を揺さぶる」っていうシステムが、千野の前では完全にギャグと化してる。あいつ、そもそもこっちの心理戦の土俵に立ってすらいない。フェイントなんかハナから見てねえんだ。
58 :名無しさん
草ww ステータス値が元から全日本クラスの最強六角形戦士が、無駄なモーションをすべて削ぎ落として、感情のない「ノーミスレシーブBOT」に進化したってこと? 来週の決勝相手、もう不戦敗で逃げた方がいいだろ。
73 :名無しさん
このプレイスタイル、妙な既視感があるの俺だけ?
ソウルライクのゲームやってる時みたいに、ボスの行動パターンを完全に暗記して、思考を放棄してただ画面のインジケーター(予備動作)に合わせてボタン押して棒立ち無双してる時の感覚にそっくりなんだわ。千野のあの不気味なまでの絶対的な効率、生身の人間がテニスしてるとは思えん。あいつの背後に、リアルTAS(ツール支援プレイ)の代行でもついてんじゃねえの? 草www
82 :名無しさん
>>73
妄想がすぎるだろお前。リアルな試合の場外にコントローラーがあるわけねえだろ、eスポーツと勘違いしてんのか?
でも、昨日のあいつの目線すら合ってないあの虚ろな状態、確かに夢遊病のままコートで無双してるみたいで最高に生意気だったわ。
──ポトッ。
奏が口にくわえていた食べかけのエビフライが、プラスチックの弁当箱の中へと真っ直ぐに落下し、ソースのしずくを数滴跳ね上げた。
彼はタブレットの画面に並ぶ「73」と「82」の書き込みを呆然と見つめ、背骨に沿って冷たい戦慄が後頭部へと一気に突き抜けていくのをリアルに感じていた。
最近のネット民は観客席から8倍スコープでも覗いてんのか?! パターン構築だと!? TASだと!? 掲示板で油を売っているだけの暇人どもが、まさかこんな偶然で真実をドンピシャに言い当てちまうなんて!
奏は後ろめたさにゴクリと唾を呑み込むと、即座にタブレットの画面をローテーブルの上に伏せ、コソコソと罪人のような動作で首を巡らせた。
その瞬間、掲示板で「レシーブBOT」だの「怪物」だのともてはやされている千野柊斗が、氷水の入ったグラスを手にキッチンから姿を現した。彼は奏の弁当箱の中に落ちたエビフライを一瞥し、次いでその幽霊でも見たかのような奏の表情に目を留めた。
「何だ?」柊斗は高みから彼を見下ろし、眉尾をわずかに跳ね上げた。「喉でも詰まらせたか?」
「い、いや……何でもない……」奏は慌てて背筋を伸ばすと、適当にちぎったティッシュで口元を拭い、泳ぐ視線のまま呟いた。「ただ……ネットって本当に恐ろしいな、って。ネット民の野生の勘って、時として野生動物より鋭いよ」
柊斗は、大袈裟に怯えるこの引きこもりオタクを不可解そうに見つめると、鼻でフンとせせら笑い、グラスを手にしたままソファの反対側の端へと腰を下ろした。




