24 強制結ばれた専属契約(下)
あの試合から3日後。
水曜の朝7時、柏木奏はベッドの中で丸くなり、この残虐な世界から自分を完全に隔離しようと試みていた。その時、リビングから突如として暴力的な音が響き渡った。
「バリバリバリッ──!」
壁を突き抜けるほどに鋭い、ガムテープを引き剥がす音だ。続いて、重い荷物が床に落ちる鈍い衝撃音が響く。
奏は苦悶の表情で枕を耳に押し当てたが、2分後、ゲストルームのドアは何のひねりもなく一蹴りで乱暴に蹴り開けられた。
「起きろ」
千野柊斗の冷たく硬い声が、まるで死神の催促のように枕元に響いた。今日の彼はダークグレーのグラフィックスポーツTシャツに、黒の薄手のウィンドブレーカーを羽織り、ロングパンツがそのすらりと引き締まった美脚を包み込んでいる。どう見ても、これから準決勝へと向かう完全体の戦術装備状態だ。
「俺のレム睡眠を力業で中断させやがって……」奏は枕の下から虫の息で頭を半分だけ覗かせ、かすれた声で言った。「これのせいで、俺は今日一日、認知機能障害のデバフを背負って過ごすことになるんだぞ」
「ならその認知障害を抱えたまま、さっさと起きて着替えろ」
柊斗は容赦なく奏のタオルケットを引っぺがすと、巨大な黒い段ボール箱をベッドの上に直接ひっくり返した。
ガサガサ、と、まだ高い値札がついたままのグッズが雪崩のように押し寄せ、一瞬にして奏を埋め尽くした。
奏は衝撃に小さく悶絶した。彼はその山の中から、顔を完全に覆い隠す黒いフェイスガードを引きずり出し、さらに銀灰色のハイテクコーティングUVカットパーカーを摘み上げると、その目に底知れぬ恐怖を宿した。「何これ? 俺をパッケージングして、『デス・ストランディング』の重度汚染エリアに配達員として空投するつもり?」
「紫外線がアンタのDNAを破壊して、騒音が脳神経をブッ壊すんだろ?」
柊斗は高みから彼を見下ろし、片手をパンツのポケットに突っ込んだまま、もう片方の手で頭のキャップのツバを傲慢にぐっと下げた。
「最強クラスの日焼け止め、UPF100+の接触冷感仕様、完全遮光のサングラス、極めつけは軍用規格のノイズキャンセリングヘッドホンだ」柊斗は鼻で冷嗤した。その口調には、『もう言い訳は通用しないぞ』という悪辣なニュアンスが滲んでいる。「これで物理防御はカンストだ。二度と死んだふりすんなよ」
ベッドの上に広がる、まるでバイオハザードにでも立ち向かえそうな重装備を眺めながら、奏は完全に絶望の淵に叩き落とされた。このクソガキは、あのスイカを食った日の恐ろしいテロ予告を本気で実行しやがったのだ。すべての装備を買い揃え、太陽の光を必要としない深海魚のような自分を、強制的に灼熱の地上へ引きずり出すためだけに。
「拒否権は……。この服、着るだけで一歩ごとにスタミナ消費が増えそうなんだけど……」
「ダメだ」
柊斗は簡潔に吐き捨てると、突如として前傾姿勢になり、両手をベッドの縁について奏の顔へと強引に迫った。
「3分やる、さっさと完全武装しろ。もしトロトロしてたら、俺が直々に着せ替えてやってもいいんだぞ」柊斗の視線が、奏のぶかぶかなパジャマの襟元を冷淡に一舐めした。その口角が、意地の悪い弧を描く。「ただし、俺の手際が優しいという保証はねえけどな」
(クソッ、あんな完璧な顔面でそんな台詞を吐くのは反則だろ……色んな意味でヤバすぎる)
奏は心の中で激しく頭を抱えた。
2分50秒後。
奏はまるでミイラ男のような完全武装の姿で、マンションの玄関に直立していた。
顔には白浮きするほど厚く日焼け止めが塗られ、顔の半分を覆うほどの大きな漆黒のサングラスを装着。銀灰色のハイテクUVカットパーカーのジッパーは、几帳面なまでに最上部まで引き上げられ、首筋どころか下顎まで完璧にガードしている。そして首元には、あのやけに存在感のある黒いノイズキャンセリングヘッドホンが鎮座していた。
千野柊斗は片手で重い赤いテニスバッグを提げ、ドアの外から自身の「傑作」を値踏みするように眺めた。
ぶっちゃけ見た目は最高にマヌケで、日の当たらない場所を逃げ回る指名手配犯のようだったが、少なくともこの軟体動物が38度の酷暑の中で2時間以上生存できることは保証された。
「一応、見られるレベルだな」柊斗は鼻で笑うと、背を向けてエレベーターのボタンを押し込んだ。「ついてこい。カタツムリみたいに後ろでモタモタすんなよ」
奏は溜息をつき、ノイズキャンセリングヘッドホンを耳に覆い被せると、世界は一瞬にして静寂を取り戻した。彼は諦めたように重い足を踏み出し、それ自体が発光しているかのように眩しい、年下の暴君の後ろ姿を追いかけた。
──午前9時、スポーツセンターのテニスメインアリーナ。
今日の空気は、ここ数日の部内戦や予選とは明らかに一線を画していた。準決勝の開幕戦とあって、会場の外は朝早くから各学校やクラブの応援団、東京スポーツチャンネルのテレビ中継車、そして無数の巨大な望遠レンズを携えたメディアの記者たちでごった返していた。
千野柊斗が選手専用通路の入り口に姿を現した瞬間、周囲に一気にどよめきが広がった。
「青葉第一高校の千野柊斗だ! 来たぞ!」
「早く、カメラを向けろ! 数日前のベスト8で、あの小林塁を相手に1ゲームも与えずに完封したって天才だ!」
フラッシュが激しく、あちこちで焚かれる。
柊斗はこうした大騒ぎにはとっくに慣れっこだった。彼は表情を一切変えず、キャップのツバを限界まで深く下げ、周囲に他者を寄せ付けない冷たい威圧感を漂わせている。片手でテニスバッグを提げ、脇目も振らずに大股で歩を進め、狂ったようにシャッターを切る記者たちには一瞥すら与えようとしない。
そして彼のわずか半メートル後ろには、明らかにそこだけ画風の異なる、不気味な「重装備男」がトボトボとついてきていた。
奏は周囲の喧騒とフラッシュの光に目眩を覚え、本能的に柊斗の長身の背中の後ろへと身を縮めた。少しでもこの暴君の陰に自分を隠そうとする。
「千野くん、今日は前回のU16シングルス覇者、大原 賀人選手との対戦だけど、勝算は?」一人の記者が恐れを知らずにマイクを突き出し、進路を塞いだ。
柊斗の足が、ピタリと止まった。
彼はゆっくりと長い睫毛を持ち上げ、その鋭い切れ長の瞳で冷酷に記者を一瞥した。瞳の奥に宿る、隠そうともしない狂傲と圧倒的な威圧感に射抜かれ、記者は全身を硬直させ、差し出したマイクの手を小さく震わせた。
「弱すぎる」
千野柊斗は冷淡にそう三文字だけを吐き捨て、その愚かな質問には一切答えなかった。彼は直接手を伸ばすと、行く手を阻むマイクをぐいっと押しのけた。
直後、彼はその場にいた全員の度肝を抜くような行動に出た。
顔のすぐ近くまで押し寄せている無数のレンズ(カメラ)など一瞥もくれず、長い腕を伸ばして、後ろについてきていた「重装備男」のUVカットパーカーの襟首をガシッと掴んだのだ。
手首を内側へ引き寄せ、柊斗はカメラから逃げようとしていた柏木奏を容赦なく自分のすぐ隣へと引きずり戻した。彼は半身をずらし、その広い肩を前列の記者たちのレンズの前に割り込ませることで、奏を内側の日陰へと完璧に覆い隠した。




