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23 強制結ばれた専属契約(上)

テレビのリモコンを少しでも早く奪還するため、奏は大きく深呼吸をし、普段あのデブ猫のルルをあやす時のような猫撫で声を作って、柊斗の方へ少しすり寄った。


「何か悩み事? この年上のお兄さんに相談してみなよ、少しは気が楽になるかもしれないぜ? なんなら、一緒にゲームでもして鬱憤を晴らすか?」


柊斗はソファの肘掛けに寄りかかり、少し首を傾げて彼を見た。


「俺が今日、完全にアンタの言った通りの方法でプレイしたこと、分かってたか?」


奏は一瞬フリーズし、まるで宇宙人でも見るかのような目で彼を見返した。「は? 何寝ぼけたこと言ってんだ?」


柊斗の長い睫毛が伏せられ、目元に薄い影を落とす。その淡い色の瞳から、普段の人を寄せ付けない鋭い刃のような攻撃性が消え失せると、常に張り詰めていた青臭い顔つきに、蛍光灯の光の下で、まるで雨に濡れた捨て猫のような、珍しく無防備な気配が漂った。


「アプローチの仕方を変えたんだ」柊斗はラグの模様を見つめたまま、少し沈んだ声で言った。「アンタの解析をそっくりそのまま実行したんだ。球筋に対する空間的な直感を捨てて、全神経を相手の左肩の骨に集中させ、筋肉が沈み込むあのコンマ数秒だけを狙い澄ました」


彼は口角を歪め、温度のない笑みを浮かべた。

「結果、さっきクラブのコーチから電話で散々怒鳴られたよ。俺の動きが、油を差してないブリキの人形みたいにガチガチに硬いってな。テニスプレイヤーとしての本能を放棄して、相手の予備動作をガン見するだけの硬直したレシーブじゃ──緩急をつけて揺さぶってくる格上の相手と当たった時、完全に逆を突かれて体勢を崩され、足首をグキッとやられるぞ、って言われた」


「ちょっと待て、ストーップ!!」


奏は慌てて両手を挙げ、胸の前で巨大なバツ印を作った。まるで幽霊でも見たかのような顔をしている。


「俺に責任をなすりつけるなよ! 何言ってんだ? お前、頭おかしくなったのか?」奏は早口で必死に自己弁護を展開した。「俺なんて、テニスラケットの握り方すら知らないド素人だぞ!? どうやってお前にテニスを教えるって言うんだよ!」


柊斗は手背で頬杖をついた。アッシュブロンドの髪が数筋パラリと垂れ下がり、眉骨を隠す。


「アンタが自分で言ったんだろうが」


彼は奏を見つめ、一言一言、まるで判決文でも読み上げるかのようにクリアな発音で復唱した。

『これがヤツの攻撃の予備動作だ。肩の骨の座標移動だけをロックオンして、0.5秒早く外側にステップを踏め。この固定フレームを丸暗記しておけば、無駄な体力を省ける』


柊斗は一拍置き、冷ややかな声で続けた。「どうだ? これがアンタ直伝の『必勝攻略法』じゃなかったのか?」


「確かに言ったけど! あれはルールのル字も知らない素人が、適当にゲームに例えてフカしただけだろ!」奏は声を荒げ、今にもソファから飛び上がりそうになった。「お前、何年もテニスやってきてるのに、なんで引きこもりオタクの適当な指示なんか信じてんだよ! どう考えてもお前自身の問題だろ!」


彼は傍らにあったクッションを引っ掴み、盾のように胸の前に構えた。


「だ、だいたい、最後は勝ったじゃないか! それはお前自身の技術で勝ったんだろ。なんで俺に責任を押し付けようとしてるんだ!」


柊斗は下顎を支えたまま、指先で頬を二度トントンと叩いた。奏の必死の抗議を前にしても、彼のトーンは極めて平坦で、まるで自分とは無関係な些事でも語っているかのようだった。


「でも、アンタのコマンド通りに動くのがあまりに合理的だったせいで、俺の体はもう、元々のレシーブの感覚を思い出せなくなっちまったんだよ」柊斗は彼をじっと見つめる。「どう落とし前をつけてくれるつもりだ?」


奏は口をポカンと開け、まるでアラビアンナイトの夢物語でも聞かされているような気分だった。「……マジで何言ってんの?」


「コマンドを下したのはアンタだ。俺に直感を捨てろと言ったのもアンタだ」柊斗がわずかに前傾姿勢になる。「責任、取れよ」


奏は手にしたクッションを親の仇のように強く握りしめ、そのあまりの理不尽さに声が裏返った。

「そんなの完全な言いがかりじゃないか! 俺がどうやって責任を取るんだ!? 代わりにコートに立ってラケットを振ることなんてできないんだぞ!」


言葉が落ちた瞬間、柊斗の半分伏せられていた睫毛がスッと持ち上がった。その瞳の奥から、先ほどの捨て猫のような無害さは跡形もなく消え失せていた。代わりにそこにあったのは、罠に掛かった獲物を見下ろす肉食獣のような、ギラギラとした嗜虐的な光だ。


「その通りだ」


彼はさらに距離を詰め、二人の間に残されていた最後のセーフティエリアを完全に抹消した。


「次の試合も、アンタはスタンドに座れ」柊斗は奏の目を真っ直ぐに射抜き、一言一言に重みを持たせて言った。「相手の動きを見極めて、俺にどう打つべきか教えろ。コートの上では、全部アンタの指示に従ってやる」


奏は完全にフリーズした。

目と鼻の先にあるこの圧倒的に美しい顔立ちで、元々平坦に結ばれていた唇の端が少しずつ上に吊り上がり、極めて悪辣で、かつ最高に傲慢な笑みが形作られていくのを、ただただ目を見開いて見つめることしかできない。


柊斗は手を伸ばし、指をわずかに曲げると、普段あのデブ猫のルルをからかう時のように、奏の顎の下をちょいちょいと弄った。


「しっかり頼むぜ、凄腕ゲーマーさん」柊斗は声を低く潜め、少しふざけたような鼻音を交えて囁いた。「俺をゲームオーバーにさせるなよ」


そう言い残すと、彼は軽やかに身を起こした。


黒くて細長い物体が空中で放物線を描き、奏の目の前のクッションの上に正確に落ちた。柊斗は両手をポケットに突っ込み、長い脚を踏み出して、一度も振り返ることなく主寝室へと歩いていく。


「カチャッ」という軽い音とともに、ドアが閉まった。


リビングには、ソファに座り込んだまま、足元に転がったテレビのリモコンを呆然と見つめる奏だけが残された。


──ゲストルームのエアコンのルーバーが上下に動き、一定の微かなモーター音を立てている。


奏は夢を失った干物のように、ふかふかのベッドの上に大の字になって倒れ込んでいた。スマホはスピーカーフォンに設定され、枕元の横に無造作に転がされている。


「おばさん、柊斗のやつ、マジでちょっと頭のネジが飛んでるかもしれません」奏は真っ白な天井を見つめたまま、起伏のない声で言った。「最近テニスのプレッシャーが強すぎて、脳の回路が焼き切れたんじゃないですか?」


電話の向こうから、優しく軽やかな笑い声が聞こえてきた。カチャリとティーカップが触れ合う音や、窓の外から微かに聞こえる芝刈り機のモーター音が混ざる──時差により、海を隔てたアメリカにいるおばさんの向こう側は、今まさに日差しが降り注ぐ爽やかな朝を迎えているのだ。


「ごめんね、奏くん」千野のおばさんの声には、親特有の深い包容力があった。「柊斗は小さい頃からああいう性格なの。時々、完全に自分のペースだけで動いちゃう、すごく我儘なところがあってね。気にしないで、適当にあしらっておいてちょうだい」


奏は寝返りを打ち、枕を一つ引き寄せて胸に抱え込んだ。「今日、あいつがベランダで電話してるのを偶然聞いたんですけど、プライベートクラブのコーチと揉めてたみたいです。コーチに『テニスができなくなってる』って言われたとか」


スピーカー越しの笑い声が、ふと止まった。


「プレイスタイル(戦術)のことでぶつかってるのね」おばさんは特に御驚いた様子もなく、穏やかに説明してくれた。


「柊斗は12歳の時にアメリカのテニス専門のアカデミーに留学して、去年の終わりに日本へ戻ってきたばかりなの。ずっとアメリカにいたから、向こうで身につけたスイングの癖や試合のテンポが、日本の環境に、どうしても馴染めないのよ。コーチは彼のプレイスタイルを日本の定石に矯正しようとしてるんだけど、あの子もプライドが高いから、擦り合わせるのにまだ時間がかかるんでしょうね」


彼女は少し言葉を切り、再び明るく、慰めるようなトーンに戻った。

「でも大丈夫。それは柊斗自身が乗り越えなきゃいけない、コートの上での壁だから。奏くんはそんなこと心配しなくていいのよ。自分の夏休みを、しっかり満喫してね」


「……はい、わかりました。じゃあ、失礼します」


奏は乾いた声で返事をし、指を一本伸ばして通話終了ボタンを突っついた。


画面が暗転する。


奏は横向きに寝そべった体勢のまま、微動だにしない。部屋の中は、エアコンの吹き出し口から出る微かな風の音しか聞こえないほど静かだった。


「夏休みを満喫しろ、か……」


彼は薄暗闇の中で盛大に白目を剥くと、タオルケットの端を無言で引き寄せ、頭からすっぽりと被って、太陽の光の届かない完全なる『サナギ』へと姿を変えた。


あの暴君に無理やり炎天下へと引きずり出された時から。


頭を押さえつけられてサウスポーの録画映像を分析させられた時から。


そして今夜、一方的に『専属のスタンド席ナビゲーター』として強制契約を結ばされた瞬間から──。


彼の平穏な夏休みなど、すでに塵一つ残らず灰と化していたのだから。

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