19 絶対零度の観客と、弾丸サーブの噛ませ犬(下)
「死にてぇのか!」
小林はギリッと奥歯を噛み締め、ボールを高くトスアップした。膝を曲げ、背中を弓のように反らし、全身の筋肉が一瞬にして恐ろしいほどのパワーを爆発させる。
スタンドに座る奏は目を半開きにし、サングラスのレンズ越しに小林の動作をジッと注視していた。
トスが最高点に達する、0.3秒前——
小林の左肩が、不自然に「カクッ」とごくわずかに沈み込んだ。
(右側のワイド、完全な死角だ)
奏の脳内CPUが瞬時にヒットボックスの判定を弾き出す。
奏が結論を導き出したのとほぼ同じミリ秒のタイミングで、ベースライン後方の柊斗が動いた。
他の選手のようにボールの軌道を見てから判断するのではない。小林のラケットがボールを捉えるインパクトの直前、彼の体はすでに一切の躊躇なく、右側のベースラインへとスライドを開始していた。その異常なまでのリードの速さは、まるで未来予知のスキルでも持っているかのようだ。
ズドォォォンッ!
小林のラケットがボールを容赦なくひっぱたき、風船が破裂したかのような轟音が響く。ボールは蛍光イエローの残像と化し、恐ろしいスピンとスピードを伴って、柊斗側の右ワイドへと一直線に突き刺さった。
本来なら、完璧なサービスエースになるはずの一撃だ。
しかし、烈風を纏ったそのボールがサービスエリアのライン際に叩きつけられた瞬間、そこにはすでに、赤黒のラケットが鉄壁の如く先回りして待ち構えていたのだ。
柊斗は余分なテイクバックすらしていない。右腕の筋肉を瞬時に隆起させ、相手の強烈なサーブの威力をそのまま利用し、強引極まりないスナップを利かせてラケットを振り抜いた。
バァァァンッ——!
先ほどのサーブよりもさらに甲高く、さらに暴力的な破裂音が会場全体に轟いた。
ボールはガットの上でひしゃげるほどに潰され、次の瞬間、飛んできた時よりも遥かに理不尽なスピードで直線の空気を引き裂き、小林のコートの最も深いベースライン際へと容赦なく突き刺さった。
「フィフティーン・ラブ!」
審判のコールがマイクを通してこだまする。
小林はサーブを打ち終えて着地した姿勢のまま、その場に完全にフリーズし、自分の背後のフェンスでまだ回転しているボールを虚ろな目で見つめていた。
反応する時間すらなかった。絶対の自信を持っていた必殺サーブが、開始わずか1秒で、最も残酷な方法で正面から粉砕されたのだ。
会場は3秒ほどの死のような静寂に包まれた後、屋根を吹き飛ばすほどのどよめきと歓声に沸き返った。
眩しい太陽の下、柊斗はゆっくりと身を起こした。手首を軽く回し、ラケットを肩に担ぐ。アッシュブロンドの髪が風に揺れ、顔を上げたその切れ長の瞳には、隠しきれない嘲笑の色が浮かんでいた。
「これが絶対的な『力』か?」柊斗は鼻で笑い、キャップのツバをグッと下げた。「モーションが丸見えなんだよ。スロー再生でも見せられてるのかと思ったぜ」
その言葉は、間違いなく小林に向けられたものだ。
だが、そう言い捨てた直後。柊斗はふいっと首を傾げ、コートを越えて、スタンド最前列にいるサングラス姿の干物男へと、寸分の狂いもなく視線を落とした。
真っ黒なレンズ越しでも、奏はその射抜くような強烈な視線をはっきりと感じ取った。
あの生意気なクソガキは、わずかに顎を上げ、最高に傲慢な弧を口元に描いていた。それはまるで、二人の間だけで通じる隠微な邀功のようでもあり、同時に何らかの絶対的な主権を宣言しているようでもあった。
奏は口を尖らせ、手にしていたキンキンに冷えたペットボトルをのろのろと持ち上げると、空中で二、三回適当に振ってみせた。コート上で無双しているこの怪物に対する、彼なりの極めて投げやりな喝采のつもりだ。
このベスト8の試合は、最終的に息もつかせぬ一方的なワンサイドゲームへと変貌した。
初撃のサーブを完璧に打ち破られて以降、小林のメンタルには肉眼で見えるほどの亀裂が入っていた。彼は意地になって落下点を変え、なんとか状況を打破しようとしたが、柊斗の前では彼のすべての動作が裸で踊っているのと同じだった。
バァァァン!
「アウト! フィフティーン・ラブ!」
ズドォォン!
「フォールト! サーティー・ラブ!」
スタンドの奏は退屈そうにあくびを一つし、座る体勢を少し変えた。
今の奏の目には、コート上の小林はすでに、全パターンのギミックを暴かれた低レベルの『経験値タンク』にしか見えなかった。
強烈なスマッシュを二度連続で打たされた後、小林のステップには案の定、あの致命的な「0.5秒の遅れ」が生じていた。柊斗は冷酷な処刑人のように、そのたった一つのデバフすら決して見逃さない。全てのリターンを小林の最も嫌がる死角へと正確に叩き込み、パワーを誇るはずの選手をベースラインで右往左往させ、無惨に這いずり回らせていた。
開始から30分も経たないうちに、スコアはあっという間に「5-0」に達していた。
千野柊斗の、マッチポイント。
此时的小林大口喘着粗気、汗水糊住眼睛。ラケットを握る手は微かに震え、その瞳にはもはや試合開始時のあの強気な挑発の欠片もない。ただ底知れぬ恐怖と、己に対する疑念だけが渦巻いていた。彼が今対峙しているのは、同年代のテニス選手などではない。自分のあらゆる攻撃を完璧に反射し、一生かかっても絶対に乗り越えられない『絶望の壁』だった。
彼はベースラインに立ち、ボールを何度も何度も地面にバウンドさせるが、なかなかトスを上げることができない。
スタンドでは、半閉じだった奏の目がスッと開かれた。
追い詰められた小林が、無意識のうちに左手を上げ、苛立たしげに左耳のシルバーピアスに触れたのだ。
(来た。ボスの赤ゲージ発狂モードだ)
奏はタオルの下でボソッと呟き、退屈そうに人差し指を一本伸ばすと、空中に左を指す矢印を描いた。(ターゲット、バックハンド側へロックオン)
ベースライン後方で、柊斗はグッと重心を落とした。白いキャップの奥で、彼の瞳もまた小林がピアスに触れる動作を正確に捉え、その口角が瞬時に嘲りの形に歪む。
次の瞬間。小林が野獣のような咆哮を上げ、トスを上げ、ジャンプし、残された全身の力をすべてこの一撃のサーブに注ぎ込んだ!
ズドォォォン——!
ボールは肉眼で捉えるのが不可能なほどの残像と化し、空気を引き裂くような音を立てて、柊斗のバックハンド側のコーナーに狂ったように突き刺さる。
それは間違いなく、今日の小林が放った中で最も重く、最も速い、最高のサーブだった。並の相手なら、たとえ着弾点を予測できていたとしても、足が追いつくことは絶対にない。
但し、千野柊斗は並の人間ではない。爆発的なフィジカルを誇る規格外の怪物なのだ。
小林がトスを上げた瞬間、柊斗のステップはすでに不気味なほどスムーズに左側へとスライドしていた。彼はこの強力なサーブをバックハンドで受けることを選ばず、極めて傲慢なサイドステップで、強引にバック側のスペースを空けたのだ。
──回り込みフォアハンド。本来ならバックハンドで処理すべきコースの球を、驚異的なフットワークであえて回り込み、より威力の高いフォアハンドで叩き込む極めて攻撃的な技術だ。圧倒的な脚力と予測速度がなければ、ただの隙だらけの自爆行為でしかない。
「……終わりだ」
柊斗は低く短く呟いた。その声には一片の温度すら含まれていない。
彼の体は極限まで引き絞られた強弓の如くしなり、ボールがバウンドした瞬間、右腕の筋肉が凄まじく隆起する。天を崩し地を割るほどの圧倒的な破壊力を込めて、下から上へと一気にラケットを振り抜いた!
バァァァンッ——!
これまでのどんなショットよりも爆発的な打球音が、テニスセンターのドーム全体に木霊した。
強烈なトップスピンをかけられたボールは、空中でエグい弧を描きながら小林の頭上を越え、まるで隕石が墜落するかのような勢いで、ベースライン最後方のインゾーンに深く突き刺さった。そして高く跳ね上がり、後方のフェンスに激突した。
「ゲームアンドマッチ、千野! 6-0!」
審判のわずかに震える声が響き渡り、この選抜戦ベスト8の終結を告げた。
コート全体が1秒間だけ完全な静寂に包まれ、その直後、屋根を吹き飛ばさんばかりの熱狂的な大歓声と悲鳴が爆発した。




