17 搾取と所有権
千野柊斗の口元に浮かんだ、隠しきれない傲慢な笑みを見た瞬間。柏木奏の胸の奥で、猛烈に嫌な予感が警鐘を鳴らした。
奏はこの「テニスの暴君」の行動原理を嫌というほど理解し始めていた。柊斗にとって、少しでも『利用価値がある』と見なされたものは、文字通り骨の髄まで搾取され、完全に支配されなければ気が済ないのだ。
案の定、柊斗は立ち上がると、大股でソファの前にやって来た。有無を言わさず、スラリとした長い腕を伸ばすと、奏の青白い足首をガシッと掴み、ふかふかのソファの奥底から強引に引きずり出したのだ。
「うわっ! ちょ、何すんだよ! 俺の体力ゲージはまだレッドゾーンのままなんだぞ!」奏は陸に打ち上げられた死んだ魚のように、ソファの縁に死に物狂いでしがみつき、最後の抵抗を試みた。
「体力がゼロになったんなら、脳のリソースで補え」
柊斗が手首にスナップを効かせると、奏は抱き枕ごとラグの上へズルズルと引きずり降ろされた。柊斗はタブレットを「バンッ」と奏の胸元に押し付け、そのまま奏のすぐ隣にあぐらをかいて座り込んだ。二人の肩が今にも触れ合いそうなほどの、異常なゼロ距離だ。
「アンタのその、クソゲーばかりやって鍛えられた変態的な動体視力がまだ役に立つって言うなら」
ただ少し首を傾けただけで、柊斗から発せられる捕食者特有の危険なオーラが容赦なくのしかかってきた。目尻に鋭い弧を描き、切れ長の瞳を細めて、暗く重い視線で奏をその場に釘付けにする。この生意気で傲慢なクソガキの視線に射抜かれると、その圧倒的な顔面の暴力に見惚れる余裕すら吹き飛び、ただロックオンされた獲物としての本能的な戦慄だけが背筋を駆け上がる。
「今から今日の深夜0時まで。こいつの試合の録画を、1フレーム単位で全部見ろ」
「搾取だ! これは血も涙もない非人道的なブラック労働だ!」奏は絶望のどん底で叫んだ。
「家賃、冷房代、それにアンタが毎日ゲームで浪費してる電気代」柊斗は冷酷に請求書の項目を並べ立てると、手を伸ばして奏の顎をクイッと掴み、強制的に画面へと視線を向けさせた。「見ろ。そしてこいつの『予備動作』を全部俺に教えろ」
かくして、ささやかな抵抗は再び無惨に打ち砕かれた。
その後の4時間、奏は完全に『人間フレーム解析機』へと成り下がっていた。
画面の映像は、通常再生、スローモーション、一時停止の間を狂ったように行き来している。リビングにはボールを打つ爆発音と、全く噛み合っていないようでいて奇妙に調和している二人の会話だけが響いていた。
「あづつのつま先を見ろ」奏は半目で、感情を失ったAI音声のように淡々と読み上げた。「強烈なスマッシュを2回連続で打った後、あいつのスタミナは短い『クールダウン』に入る。もし次の球を左のベースラインぎりぎりに打ち込めば、あいつのステップの初動は普段より0.5秒遅れる」
「0.5秒か」柊斗は画面を睨みつけながら、長い指で無意識に自分の膝をトントンと叩き、残酷な笑みを浮かべた。「あいつの守りを3回ぶち抜くには十分すぎる時間だな。遅すぎる」
「あと、ここ」奏はあくびを一つした。「ビハインドの状況や、ブレークポイントを握られた時、あいつは無意識に左耳のピアスを触る癖がある。これは『ボスが赤ゲージで発狂する前』の確定モーションだ。この直後、サーブの威力は跳ね上がるけど、落下点は極端に単調になる。80パーセントの確率でバックハンド側だ」
柊斗は何も答えず、突然リモコンの早送りボタンを押し、試合の最終ゲーム——まさにそのサウスポーの選手がブレークポイントを握られたシーンまでシークバーを飛ばした。
画面の中で、サウスポーの選手は焦燥感に駆られたように左耳のピアスに触れ、その後トスを上げ、全力でラケットを振り抜いた。
ズドォォン!
ボールは奏の予言通り、対戦相手のバックハンド側のコーナーラインに寸分の狂いもなく突き刺さった。
柊斗の瞳の奥に、極めて鋭い刃のような光が閃いた。彼はテレビを消し、リモコンをローテーブルに放り投げる。
来週の選抜戦で少し厄介だと感じていた敵は、今や彼の脳内で、何の脅威も持たない『ただの動作の切れ端』へと完全に解体されていた。相手のどんなフェイントも嫌らしい軌道も、この軟体動物の異常な動体視力の前では、すべてが透明なガラス細工も同然だった。
「終わった……」奏は限界を迎えたショボショボの目を閉じ、眉間を揉んだ。「俺、もう強制シャットダウンを申請してもいい?」
柊斗は顔を向け、隣で魂を吸い取られたようにぐったりしている奏を見た。
長時間モニターを凝視し続けたせいで、奏の元々青白い顔には疲労の色が濃く滲み、目尻にはうっすらと生理的な赤みが差していた。しかし、普段は気怠さと無関心しか宿していないその黒い瞳が、先ほど敵の隙を的確に捕捉した瞬間だけは、驚くほど鮮やかに輝いていたのだ。
柊斗は不自然に視線を逸らすと、突然手を伸ばし、奏がずっと胸に抱え込んでいたSwitchの本体をスッと抜き取った。
「何すんだよ?」奏はハッと目を開けた。
「没収だ」柊斗は立ち上がり、奏を見下ろした。その声には有無を言わさぬ絶対的な支配力がこもっている。「今日から、アンタがこのガラクタで遊ぶ時間は1日1時間までとする」
奏は耳を疑った。「なんで俺の精神的自由まで制限されなきゃならないんだ!? 今、お前の超特大の役に立ってやったばっかりだろうが!」
「アンタのその目が、今から俺の『所有物』になったからだ」
柊斗はわずかに身を屈めると、ラケットダコのある人差し指と中指を伸ばし、奏の赤みを帯びた目尻を、遠慮もなしにスッと優しくなぞった。
指先から伝ってくる微かに冷たい肌の感触に、柊斗の胸の奥で、理由のわからない強烈な独占欲がむくむくと鎌首をもたげる。
彼は、驚きで見開かれた奏の瞳を真っ直ぐに覗き込み、口角を傲慢に吊り上げた。
「よく聞け。俺の試合が終わるまで、その目の耐久値を、そんな無意味な電子ゴミに消費することは絶対に許さない。もしその目が使い物にならなくなったら、アンタのゲームソフト、全部まとめてゴミ箱にぶち込むからな」
それだけ言い捨てると、柊斗はSwitchを片手に、容赦なく踵を返して主寝室へと戻っていった。
バンッ、と重いドアが閉まる音が響く。
奏はラグの上に呆然と座り込んでいた。目尻には、まだ柊斗の指先の少しざらついた感触が残っており、それがやけに熱を帯びて、奏の心を妙にざわつかせた。
彼は固く閉ざされたドアを見つめたまま、しばらくして、ギリッと歯を食いしばりながら絞り出すように呟いた。
「ホントに……理不尽極まりない生意気なクソガキだ」




