13 テリトリーのマーキングと無効化された抗議(上)
テニス専門店からマンションまで歩いて帰るこの20分間は、奏にとって、この夏最も不気味で奇妙な道のりだった。
頭上には37度の猛暑。アスファルトは目玉焼きが焼けそうなほど熱せられている。だが、奏がさしている巨大な黒い日傘の影の縁を、柊斗はつかず離れずの絶妙な距離感で歩き続けていた。
コート上では極限のスピードを追い求めるこの天才少年が、今は重いテニスバッグを片手に提げ、信じられないほどゆっくりとした歩調で歩いているのだ。彼を急かすわけでもなく、嫌味を言うわけでもない。ただ白いキャップを目深に被り、無関心に散歩でもしているかのように、冷淡な横顔を見せているだけだった。
『ピッ——解錠しました』
マンションのエントランスを抜けた瞬間、23度に設定された冷気が、命を救うエリクサーのように全身を包み込んだ。
「生き返る……」奏は深い溜息をつき、黒傘を玄関に放り投げた。スリッパを履き直すことすら億劫で、ペタペタと引きずりながらリビングのビーズクッションへと一直線に向かう。
彼は今すぐ、この自らの領地の中でドロドロに溶け去りたかった。
しかし、彼の膝が柔らかいクッションに触れる0.1秒前。運命の首根っこを、背後から正確に掴み上げられた。
「うぐっ!」
奏は空中で強制ブレーキをかけられ、持ち上げられた亀のように、手足を空中で無力にバタつかせた。
柊斗は片手で奏の襟首を掴み、いとも簡単に彼を二歩分後ろへと引きずった。そして手を離し、少し硬めのシングルソファの上にドサッと座り込ませる。
「何すんだよ? 俺のバッテリーはもう残量ゼロだ、緊急スリープモードに入らなきゃ死ぬんだぞ」奏は首をさすりながら不満げに抗議した。
柊斗は無視した。彼はテニスバッグをラグの上に無造作に投げ捨て、ローテーブルの前に歩み寄ると、手にしていた飲みかけのグレープソーダの缶を「バンッ」と音を立てて叩きつけた。
ローテーブルの下で寝ていたゴールデン・ブリティッシュの「ルル」は、その衝撃音にビクッと全身を震わせた。モフモフの大きな頭を覗かせ、エメラルドの目で超低気圧を纏う柊斗を警戒深く一瞥すると、空気を読んで尻尾を巻き、サッと自分のベッドへと逃げ込んでしまった。
リビングの空気が、なぜか異様に張り詰めている。
柊斗は振り返り、シングルソファでぐったりしている奏を見下ろした。彼は白いキャップを脱ぎ、汗でわずかに濡れたアッシュブロンドの前髪を無造作にかき上げる。その切れ長の瞳からは先ほどの外での気怠さが消え失せ、代わりに何かを値踏みするような鋭い眼差しが宿っていた。
「明日から」柊斗が冷たく口を開く。それは有無を言わさぬ絶対的な命令だった。「朝の6時半、俺と一緒に下に降りろ」
奏は一瞬フリーズし、脆弱な脳が猛暑のせいで幻聴を聞いたのだと思い込もうとした。「……お前、昨日すでに強制早起きさせたばっかりだろ? 俺の概日リズムが正常化するには、最低でも72時間のバッファが必要で……」
「コートに来いと言ってるわけじゃない」柊斗は、奏のインチキな生物学的持論を容赦なく一刀両断した。「俺と一緒に、外を走れ」
空気が凍りついた。
奏の**目が見開かれ、激しい動揺が走る。**まるで、今しがた「地球を破壊する」と宣言したエイリアンのテロリストでも見るかのように、柊斗を見つめた。
「はし……る?」奏の声は完全に裏返っていた。「俺に、走れと? 屋外で? ……それならいっそ、今すぐ都立総合病院に命の保証をしてもらって救急搬送される準備をしてくれ」
「アンタのその触れば折れそうな骨格じゃ、確かにいつ病院送りになってもおかしくないな」柊斗は鼻で笑った。
彼は突然一歩踏み込み、奏が座るソファの両肘掛けにドンッと両手をついた。圧倒的なプレッシャーがのしかかり、奏は逃げ場のない狭い空間に完全にロックオンされる。スポーツ少年特有の熱気が、微かな汗とミントの香りと入り混じり、理不尽にも奏の呼吸の領域を侵略してきた。
「今日、ショップで」柊斗は顔を近づけ、目を細め、長い睫毛を伏せて、奏の瞳を射抜くように見つめた。「あの雑魚が手を出してきた時、なんでアンタは避けなかった?」
「避けたよ」奏は本能的に背もたれに身を縮め、距離を取ろうとする。「ただ、脳の神経信号が筋肉に伝達されるまでにラグがあっただけで……」
「遅すぎる」柊斗の声は地を走るように低く、ギリッと奥歯を噛み締めるような響きを帯びていた。「イラつくほどにな」
彼は先ほどショップで、須藤の手が奏に触れそうになった瞬間に沸き起こった、あの抑えきれない暴力的な衝動を思い出していた。それはまるで、自分のテリトリーに気持ち悪い害虫が侵入してきたような感覚であり、そしてこの軟体動物がそれに全く無防備であったことに対する苛立ちだった。
「よく聞け」柊斗は奏の目を覗き込んだ。「今、俺の縄張りに居候している以上、アンタはこの家の『所有物』だ。俺のテリトリー内で、あんな雑魚どもにアンタが気安く触れられることなど、絶対に許さない」
「俺は所有物じゃない、基本的人権が保障された……」
「抗議は却下だ」
柊斗は奏の反論をスッパリと切り捨てた。薄いタコのある右手を伸ばすと、罰を与えるかのように、奏の青白く柔らかい頬をムニッとつねった。力は強くないが、そこには強烈な警告の意が込められている。
「明日の朝6時半。マンション敷地内の親水公園の周りを2周走る」柊斗は手を離して身を起こすと、テーブルの上のキャップを再び被り、ツバをグッと下げた。
帽子の陰で、その口角が悪辣で傲慢な弧を描く。
「遅れたら、後ろからテニスボールをぶつけて走らせるからな。自分で選べ」
奏は、廊下の奥へと消えていく逞しい背中を絶望的な表情で見送った。主寝室のドアが「バンッ」と閉まった瞬間、彼は完全にソファに崩れ落ち、自分の魂が肉体から乖離していくのを感じた。
彼は首だけを動かし、ベッドから顔を出したルルを生気のない目で見つめた。




