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12 切れたガットとグレープソーダ(下)

その肌の黒い男子の顔が、肉眼で分かるほどのスピードで真っ赤に染まっていく。


背後の取り巻きたちも呆然としていた。千野柊斗がここまで傍若無人だとは予想していなかったのだ。


「てめぇ……!」須藤はギリッと歯を食いしばり、ドンッと一歩前に出た。「先月の高校交流戦のベスト8で、お前と当たっただろうが! 俺は須藤凱すどう かいだ!」


柊斗はやはりソファに寄りかかったまま、微動だにしない。目を上げると、その切れ長の瞳には一切の感情の揺らぎがなく、ただ人をイラつかせるほどの堂々とした態度があった。


「記憶にないな」柊斗は冷たく言い放ち、キャップのツバをグッと下げた。「敗者の名前なんて、いちいち覚えておく趣味はないんでね」


その飄々とした一言は、直接罵倒されるよりも遥かにえげつない精神攻撃だった。


須藤は怒りで激しく胸を上下させたが、テニスで柊斗に敵わないことは分かっていたし、こんな専門店の中で手を出しても不利になるだけだ。屈辱と怒りが交錯する中、彼の視線がふと移動し——ソファの隅に縮こまり、サングラスをかけてグレープソーダを抱え込んでいる奏の上で止まった。


「ハッ、天才様は今や『マスコット』を持ち歩く趣味でもお持ちか?」須藤は突破口を見つけたかのように、嘲笑を浮かべて奏の青白い肌や細い手首を値踏みした。「これ、お前の弟か? **まるで今にも折れそうなモヤシだな。**風が吹いたら倒れるんじゃねえの?」


奏は(は???? マジで何言ってんの!? こいつ目おかしいんじゃないの!?)と、心の中で激しく毒づいた。


そう言うと、須藤は失ったメンツを取り戻そうと、あろうことか手を伸ばし、奏の頭をパンッと叩こうとしたのだ。


奏は眉をひそめた。怠け者ではあるが、怒りという感情がないわけではない。首を傾けて避けようとした、まさにその瞬間——。


バァァァンッ!


恐ろしいほどの爆発音が奏の耳元で炸裂し、鋭い突風が巻き起こった。

須藤の手は、空中でピタリと硬直した。


蛍光イエローのテニスボールが、肉眼では捉えきれないほどの速度で須藤の指先を掠め、奏の背後にある壁に凄まじい勢いで激突したのだ。強烈な威力によって壁には薄い灰色の跡が残り、跳ね返ってきたボールは、骨ばった手にガッチリと受け止められた。


店内は水を打ったように静まり返った。


柊斗はいつの間にか立ち上がっていた。手元でテニスボールをポン、ポンと放り投げながら、悠然とした足取りで奏と須藤の間に割って入る。


彼は須藤よりも頭半分ほど背が高く、少し俯き加減で相手を見下ろした。金色の前髪の奥にあるその目は、まるで無機質な死骸でも見つめるかのように冷え切っていた。


「その手、もう必要ないなら」柊斗の声には起伏がなかったが、骨の髄まで凍るような冷気が孕んでいた。「俺が今ここでスクラップにしてやってもいいぞ」


須藤の顔面は一瞬で蒼白になった。ボールの風圧をくらった指先が、今更になってジンジンと痛む。あれはプロレベルの球速だ。もしあと1センチでもズレていれば、彼の手の骨は確実に粉砕されていた。


「お、覚えてろよ! 来月の選抜戦で見てろ!」須藤は脅しにもならない捨て台詞を噛みながら吐き捨て、取り巻きを引き連れて逃げるように店から飛び出していった。


ドアベルがカランと軽快に鳴り、店内は再び平穏を取り戻した。


奏はこっそりとサングラスをずらし、自分を庇うように立つ逞しい黒い背中を見つめた。

(認めざるを得ないな。この傍若無人な暴君も、身内を庇う時だけは、あの漫画の理不尽なスーパーヒーローみたいに見えなくもない)


「柊斗くん、ガット張れたよ」店長が静寂を破り、額に少し汗を滲ませながら、カウンター越しにあの赤黒のラケットを差し出した。


柊斗は振り返り、ボールを無造作にポケットに突っ込んでラケットを受け取った。


彼は片手でラケットを持ち、手のひらの付け根でガットの面を強めに2回叩いた。


パンッ、パンッ。


澄んだ音が鳴る。ポンド数は完璧だ。


柊斗は満足げに「……どうも」と短く呟き、ラケットを赤いバッグに収めると、「ジーッ」とジッパーを閉め、片手でヒョイと肩に担いだ。


「行くぞ」彼を横目で一瞥し、短く告げる。


奏は立ち上がり、ずっと抱えていた、水滴まみれになったグレープソーダの缶を彼に差し出した。


「何だ?」柊斗は目を伏せて彼を見た。


「物理的なクールダウン用アイテム」奏はのろのろと答えた。「さっきの……お礼ってことで」


柊斗はその缶を2秒ほど見つめると、鼻で笑して手を出した。指先が触れ合った瞬間、柊斗の手の熱が缶越しに、奏の少し冷えた肌へと伝わってきた。


片手でプルタブを引き「プシュッ」と音を立てると、柊斗は顔を仰向け、喉仏を上下させて缶の半分以上を一気に飲み干した。


彼は無造作に手の甲で口元の冷水を拭い、白いキャップのツバをグッと下げて、瞳の奥に一瞬だけ走った「してやったり」の笑みを覆い隠した。


「弱すぎる」柊斗は背を向け、店のドアを押し開けた。外の熱波に乗って、その声が奏の耳に届く。「挑発されて避けることすらできないなんてな。これからは俺から離れて歩け。恥ずかしい」


言葉の端々には極度の嫌悪感が滲んでいた。


だが、店を出た奏は気づいた。普段は風を切るように歩き、今にも飛んでいきそうなあのテニスバカが、今は片手でテニスバッグを持ちながら、非常にゆっくりとしたペースで歩いていることに。それはまさに、奏が走らなくても余裕で追いつける、絶妙な距離感だった。


奏は前を歩くその傲慢極まりない背中を見つめながら、無言で黒い日傘をバサッと広げ、口角をほんの少しだけ上げた。


(素直じゃない生意気なクソガキめ)

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