最終話:逃げ場じゃなくていい
昼。
駅前。
人が多い。
ざわざわしてる。
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「……」
コーヒーを持って、立っている。
特に理由はない。
ただ、時間を潰してるだけ。
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あの日から、少し経った。
どれくらいかは、数えてない。
数えない方が楽だから。
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「……」
仕事は、変わらない。
忙しいまま。
生活も、普通。
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違うのは。
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帰る場所が、ちゃんと“自分の部屋”になったこと。
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「……」
前みたいに、誰かを探す感じはない。
でも——
完全に平気でもない。
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それでいいと思ってる。
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「……」
コーヒーを一口飲む。
少し苦い。
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そのとき。
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「……あ」
声。
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振り向く。
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ユイ。
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少し離れた場所。
立ってる。
前より、少しだけ落ち着いた顔。
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「……久しぶり」
ユイが言う。
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「……ああ」
短く返す。
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近づく。
ゆっくり。
急がない。
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「……元気そうだね」
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「……まあな」
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「……そっか」
小さく頷く。
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「……そっちは」
聞く。
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「……うん」
少しだけ間。
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「……辞めた」
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「……」
一瞬、止まる。
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「……仕事」
ユイが補足する。
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「……そっか」
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「……うん」
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それ以上は聞かない。
でも——
もう、前みたいに“踏み込まない理由”じゃない。
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必要なら、聞ける。
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ただ、今じゃない。
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「……」
「……」
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沈黙。
でも——
前と違う。
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重くない。
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「……ね」
ユイが言う。
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「……ん」
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「……あの時さ」
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「……うん」
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「……言ってたじゃん」
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「……?」
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「……分かんねえって」
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「……」
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「……あれ」
少しだけ笑う。
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「……正直でよかったと思う」
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「……」
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少し意外。
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「……あたしもさ」
続ける。
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「……分かってるフリしてただけだったから」
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「……」
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「……対等とか」
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「……距離とか」
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「……ちゃんと考えてなかった」
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正直に言う。
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「……」
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「……だからさ」
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「……あれでよかった」
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はっきり。
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「……」
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少しだけ、肩の力が抜ける。
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「……そっか」
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「……うん」
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頷く。
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「……」
「……」
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また沈黙。
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でも——
不自然じゃない。
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「……今はさ」
ユイが言う。
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「……大丈夫?」
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その聞き方。
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「……まあ」
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「……そっか」
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「……そっちは」
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「……まあまあ」
少しだけ笑う。
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無理してない笑い。
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「……」
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ちゃんと、一人で立ってる感じ。
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「……」
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少しだけ間。
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「……あのさ」
ユイが言う。
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「……うん」
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「……今なら」
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「……」
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「……逃げ場じゃなくていい気がする」
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静かに。
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「……」
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その言葉。
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ゆっくり入ってくる。
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「……ああ」
短く返す。
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「……あんたも?」
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「……同じだ」
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迷いはない。
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「……」
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ユイが、少しだけ笑う。
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「……じゃあさ」
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一歩、近づく。
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でも——
前みたいに一気に来ない。
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ちゃんと距離を測ってる。
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「……もう一回やってみる?」
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軽く言う。
でも——
逃げてない。
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「……ああ」
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「……条件は?」
ユイが聞く。
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「……一個だけ」
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「……なに」
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「……分かんねえときは、分かんねえって言う」
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「……」
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一瞬、止まる。
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それから——
少しだけ笑う。
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「……いいね、それ」
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「……そっちは」
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「……あたし?」
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少し考える。
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「……我慢しない」
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はっきり。
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「……それだけ」
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「……ああ」
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頷く。
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「……」
「……」
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沈黙。
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でも——
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前と違う。
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埋めるためじゃない。
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共有してるだけの沈黙。
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「……じゃあ」
ユイが言う。
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「……お茶でも行く?」
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「……コーヒー飲んだばっかだぞ」
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「……じゃあ別のやつ」
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「……適当だな」
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「……いいでしょ、別に」
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少し笑う。
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自然に。
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「……まあな」
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歩き出す。
二人で。
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前みたいな不安定さは、まだある。
完全に消えたわけじゃない。
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でも。
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それを隠さなくていい距離になった。
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「……ね」
ユイが言う。
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「……ん」
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「……また面倒になるよ」
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「……知ってる」
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「……それでも?」
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「……それでも」
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即答。
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「……そっか」
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小さく笑う。
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そのまま、並んで歩く。
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今度は。
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逃げ場じゃない。
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でも。
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帰る場所でもない。
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ただ——
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並んで歩ける距離だった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!




