3章2話:ちゃんとしてる、の違和感
部屋の電気はついている。
テレビも流れている。
音もある。
なのに——
「……」
静かすぎる。
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ソファ。
ユイは端に座っている。
少しだけ丸まって。
スマホを見てる。
画面は動いてるけど——
多分、内容は入ってない。
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「……」
キッチンから見る。
近すぎない距離。
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これが、今の“ちょうどいい”。
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「……」
「……ね」
ユイが言う。
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「……ん」
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「……今日さ」
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「……店、微妙だった」
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「……そうか」
短く返す。
それ以上は聞かない。
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「……」
ユイが、一瞬だけこっちを見る。
何かを待つみたいに。
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でも。
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踏み込まない。
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「……」
そのままスマホに視線を戻す。
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「……」
「……」
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沈黙。
少し長い。
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「……なんかさ」
ユイが続ける。
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「……うん」
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「……こういうの」
言葉を選ぶ。
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「……楽ではあるんだけど」
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「……ああ」
頷く。
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「……でも」
そこで止まる。
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「……」
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言わない。
引っ込める。
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「……」
こっちも、何も言わない。
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踏み込まない。
それがルール。
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それが正しい。
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はず。
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「……」
ユイが、スマホを置く。
小さく音がする。
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「……ね」
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「……ん」
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「……なんで聞かないの?」
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まっすぐ。
来た。
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「……なにを」
分かってるのに聞く。
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「……さっきの」
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「……」
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「……店、微妙だったって言ったじゃん」
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「……ああ」
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「……普通さ」
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「……どう微妙だったのって聞くでしょ」
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「……」
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正論。
でも——
それをしないのが今。
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「……踏み込まない方がいいと思ってる」
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「……」
ユイが止まる。
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「……それ、誰のため?」
「……お互いの」
「……ほんとに?」
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「……あたしのため?」
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逃げ場がない。
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「……」
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答えが、少し遅れる。
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それだけで——十分。
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「……ほら」
ユイが小さく笑う。
でも——
全然笑ってない。
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「……あんたのためじゃん」
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刺さる。
核心。
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「……」
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「……面倒になりたくないだけでしょ」
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「……違う」
反射で否定する。
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「同じだよ」
即答。
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「……」
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「……あたしさ」
ユイが言う。
少しだけ低い声。
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「……放っとかれるの、嫌いって言ったよね」
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あの言葉。
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「……ああ」
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「……今、それやってるよ」
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はっきりと。
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「……」
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何も言えない。
完全には否定できない。
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「……対等ってさ」
ユイが続ける。
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「……こういうことじゃなくない?」
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静か。
でも——重い。
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「……」
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「……あたしが話したいときに」
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「……何も聞かないの」
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「……それ、優しさじゃないよ」
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一つ一つ。
ゆっくり刺してくる。
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「……」
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「……ただの距離でしょ」
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決定打。
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「……」
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息が詰まる。
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「……あたしさ」
少しだけ笑う。
崩れたやつ。
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「……ちゃんとしてるあんた、苦手かも」
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その一言。
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静かに、でも確実に壊しにくる。
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「……」
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「……前の方がさ」
続ける。
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「……めんどくさかったけど」
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「……ちゃんといた」
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言い切る。
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「……」
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何も返せない。
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正しいことしかしてないのに。
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全部、間違ってる気がする。
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「……」
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「……ね」
ユイが言う。
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「……ん」
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「……どうしたいの?」
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聞く。
まっすぐ。
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「……このままでいいと思ってる?」
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「……」
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少しだけ考える。
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でも——
答えは、すぐ出る。
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「……壊れないなら」
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「……これがいいと思ってる」
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「……」
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ユイが、完全に黙る。
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数秒。
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「……そっか」
小さく言う。
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それだけ。
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それだけなのに——
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やけに、遠い。
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「……」
「……」
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そのまま、立ち上がる。
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「……シャワー入る」
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「……ああ」
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ドアが閉まる。
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音が、小さく響く。
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「……」
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一人になる。
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静か。
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でも——
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さっきより、確実に重い。
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「……」
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分かってる。
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今のやり方。
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正しくはない。
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でも——
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じゃあどうすればいいかは。
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分からない。
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「……くそ」
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小さく呟く。
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“壊れないための距離”が。
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もう、壊し始めていた。




