2章4.5話:いない時間 ■ユイ side
店の控え室。
鏡の前。
「……」
顔を作る。
いつも通り。
角度も、目線も、完璧。
問題ない。
はず。
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「ユイさん、いけますか?」
スタッフが声をかける。
「うん、平気」
即答。
笑顔。
完璧。
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部屋に入る。
客がいる。
初めてじゃない。
何度か見た顔。
安心できるタイプ。
「久しぶりだね」
「そうですね」
自然に返す。
問題ない。
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距離を詰める。
触れる。
仕事。
ちゃんとやる。
できる。
やらなきゃいけない。
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「……」
でも。
少しだけ、ズレる。
ほんの少し。
前よりはマシ。
でも、完璧じゃない。
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「今日、ちょっと大人しいね」
客が言う。
笑いながら。
「そんなことないですよ」
返す。
ちゃんと。
でも——
少しだけ、遅い。
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頭の中が、静かすぎる。
前みたいに、流れない。
全部、意識しないと動かない。
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終わる。
問題はない。
怒られてもない。
ミスもない。
“普通”。
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「……」
それなのに。
満足感がない。
前ならあった。
ちゃんとやったって感覚。
今はない。
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控え室に戻る。
椅子に座る。
鏡を見る。
「……」
顔は完璧。
崩れてない。
でも——
中身が、空。
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スマホを見る。
通知なし。
分かってる。
見なくても。
でも、見る。
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「……」
画面を閉じる。
机に置く。
数秒後。
また手に取る。
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「……ばかみたい」
小さく言う。
誰にでもなく。
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分かってる。
あの距離が原因。
あの時間。
あの空気。
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「……」
でも。
戻りたいとは、思わない。
思っちゃダメ。
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だって。
あのままだと、壊れる。
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「……」
深く息を吐く。
目を閉じる。
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浮かぶ。
あの部屋。
あの距離。
あの声。
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「……っ」
一瞬だけ、顔が歪む。
すぐ戻す。
誰も見てないのに。
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気づく。
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“仕事ができない”んじゃない。
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“あっちが混ざらないと、足りない”
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「……最低」
小さく呟く。
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それだけは、認めたくなかった。




