2章5話:同じ距離には戻れない
夜。
帰り道。
いつも通りの道。
特に理由もなく、少し遠回りしている。
「……」
意味はない。
ただ、まっすぐ帰る気にならなかっただけ。
---
角を曲がる。
駅前。
人が多い。
ざわざわしてる。
その中で——
「……」
止まる。
見つける。
---
ユイ。
---
数メートル先。
立ってる。
一人。
スマホを見てる。
仕事帰りか、これからか。
分からない。
---
「……」
向こうも気づく。
目が合う。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
---
逸らさない。
どっちも。
---
「……」
「……」
数秒。
動かない。
周りだけが流れていく。
---
ユイが、先に動く。
ゆっくり近づいてくる。
逃げない。
でも、急がない。
---
「……久しぶり」
先に言う。
声は、普通。
作ってない。
「……ああ」
短く返す。
それしか出ない。
---
距離は、腕一本分くらい。
前より、明確に遠い。
でも——
完全には他人じゃない。
---
「……元気そうだね」
ユイが言う。
少しだけ目を細める。
「……普通だ」
「……そっか」
小さく頷く。
---
「……そっちは」
聞く。
自然に出た。
止められなかった。
---
「……まあまあ」
曖昧な返し。
でも——
それ以上は言わない。
線がある。
---
「……」
「……」
沈黙。
気まずくはない。
でも、楽でもない。
---
「……あのさ」
ユイが言う。
少しだけ視線を外して。
「……うん」
「……この前は、ごめん」
あっさり。
軽く。
でも——
ちゃんとした謝罪。
---
「……いや」
「……違う」
首を振る。
「……あたしが悪いとこもあった」
続ける。
正直に。
でも——
それ以上は踏み込まない。
---
「……俺も」
短く言う。
それで十分な気がした。
---
「……」
「……」
また沈黙。
でも——
前と違う。
少しだけ、柔らかい。
---
「……仕事は」
ユイが聞く。
「……普通」
「……そっか」
それだけ。
---
「……」
会話が続かない。
続けようと思えば、できる。
でも——
どこまで踏み込んでいいか分からない。
---
「……ね」
ユイが言う。
少しだけ間を置いて。
「……あの時さ」
あの時。
分かる。
---
「……うん」
「……あんたの言ってたこと」
視線をこっちに戻す。
まっすぐ。
「……間違ってなかったと思う」
はっきり言う。
---
「……」
予想外。
少しだけ、言葉が止まる。
---
「……でも」
続ける。
ここからが本音。
「……言い方が、最悪だった」
少しだけ笑う。
自分にも、こっちにも。
---
「……それは、悪かった」
素直に言う。
言い訳しない。
---
「……うん」
頷く。
それで終わり。
責めない。
---
「……あたしもさ」
ユイが続ける。
「……ちょっと依存してたと思う」
ぽつりと。
軽く言う。
でも——
重い。
---
「……」
「……あの距離、楽だったから」
続ける。
視線は少しだけ下。
「……逃げてた」
はっきり言う。
---
「……そっか」
それしか言えない。
---
「……でも」
顔を上げる。
少しだけ、強い目。
「……あのままだと、ダメだった」
言い切る。
迷いなし。
---
「……ああ」
同意する。
それは、分かる。
---
「……だから」
一歩、少しだけ近づく。
でも——
触れない。
ギリギリの距離。
---
「……戻らない方がいいと思う」
言う。
静かに。
でも——
はっきり。
---
「……」
胸の奥が、少しだけ重くなる。
でも——
否定できない。
---
「……そうか」
短く返す。
それが限界。
---
「……うん」
頷く。
少しだけ寂しそうに。
でも——
決めてる顔。
---
「……じゃあ」
ユイが言う。
「……行くね」
背を向ける。
そのまま歩き出す。
---
「……」
止めない。
止められない。
---
数歩。
離れていく。
---
「……ね」
ユイが、振り返らずに言う。
---
「……ん」
---
「……でもさ」
一瞬だけ間。
---
「……嫌いになったわけじゃないから」
---
それだけ。
それだけ残して——
そのまま人混みに消える。
---
「……」
立ち尽くす。
何もできないまま。
---
分かってる。
全部。
---
正しい。
多分、これが。
---
でも。
---
正しいだけで、納得できるほど。
簡単じゃなかった。




