2章3話:それでも分かり合えない
空気が、最初から重かった。
理由は分かってる。
分かってるのに——
どうにもできない。
「……」
「……」
同じ部屋。
同じ距離。
でも、まるで違う。
ユイはソファの端。
こっちは反対側。
間に、見えない線がある。
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「……今日、店から言われた」
ユイが先に口を開く。
視線は、こっちじゃない。
「……なに」
「……このままだと厳しいって」
淡々と。
感情を乗せない言い方。
でも——
その分、重い。
「……そうか」
短く返す。
予想してた。
でも、実際に聞くと違う。
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「……別に、よくある話だし」
ユイが続ける。
「調子戻せばいいだけ」
「……戻せるのか」
思わず出る。
少しだけ強い声。
ユイが、ピクッと反応する。
「……戻すよ」
即答。
「……戻せてねえだろ」
言ってしまう。
一番、言っちゃいけないやつ。
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「……」
空気が、一瞬で変わる。
冷える。
はっきり分かるくらい。
「……なにそれ」
ユイが、ゆっくりこっちを見る。
目が、細い。
完全に防御。
「……事実だろ」
引かない。
ここで引いたら、多分終わる気がした。
でも——
それが間違い。
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「……あんたさ」
ユイが立ち上がる。
一歩、こっちに来る。
「それ、誰目線?」
静かな声。
でも、圧がある。
「……別に」
「別にじゃないでしょ」
被せる。
強い。
「……客?店?それとも——」
一瞬だけ間。
「……あたしのこと分かってるつもりのやつ?」
まっすぐ刺してくる。
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「……分かってるつもりはねえよ」
正直に返す。
「でも」
続ける。
「見てりゃ分かる」
それが、引き金になる。
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「……っ」
ユイの顔が、少しだけ歪む。
怒りか、悲しみか。
どっちも。
「……見てるだけで分かるなら、楽だよね」
吐き捨てるみたいに言う。
「……何が」
「……こっちはさ」
言葉が強くなる。
「やってんの」
はっきりと。
「ちゃんと」
その一言。
全部乗ってる。
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「……できてないだろ」
言ってしまう。
完全に。
止めるタイミングはあった。
でも——止めなかった。
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「……は?」
ユイが止まる。
完全に。
「……今、なんて言った?」
「……できてないって言った」
もう引けない。
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「……」
数秒。
沈黙。
でも、ただの沈黙じゃない。
完全に壊れる前のやつ。
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「……じゃあさ」
ユイが、ゆっくり言う。
声が、逆に静かになる。
「全部あんたがやれば?」
それ。
来た。
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「……は?」
「仕事も、借金も、全部」
一歩近づく。
「支えるんでしょ?」
まっすぐ見る。
「じゃあ、やればいいじゃん」
完全に刺しにきてる。
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「……それは」
言葉が詰まる。
分かってる。
無理だって。
でも——
言えない。
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「……ほら」
ユイが笑う。
崩れた笑い。
「無理でしょ」
あっさり言う。
「だから言ってんの」
続ける。
「口出すだけなら簡単なんだよ」
その一言。
全部ひっくり返す。
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「……口出してるだけじゃねえ」
反射で言う。
「金も出しただろ」
出してしまう。
最悪のカード。
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「……」
ユイの表情が、止まる。
本当に止まる。
「……今、それ言う?」
小さく。
低く。
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「……いや、そういう意味じゃ」
「じゃあどういう意味?」
被せる。
逃がさない。
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「……」
言葉が出ない。
完全に詰む。
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「……あー、そっか」
ユイが、ゆっくり頷く。
「そういうことね」
納得したみたいに。
でも——
最悪の方向に。
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「……助けてあげてる、って感じ?」
その言い方。
完全に距離ができる。
「違う」
「同じでしょ」
即答。
切り捨てる。
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「……あたしさ」
ユイが言う。
静かに。
「それ、一番嫌いなんだよね」
はっきりと。
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「……」
「……可哀想なやつ扱い」
続ける。
「勝手に救おうとするやつ」
刺さる。
全部、核心。
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「……そんなつもりじゃ」
「そう見えるって言ってんの」
遮る。
強い。
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「……」
「……」
沈黙。
でも——もう遅い。
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「……やっぱ無理だわ」
ユイが言う。
あっさりと。
軽く。
でも——決定的。
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「……なにが」
分かってるのに聞く。
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「……この距離」
即答。
迷いなし。
「近すぎる」
続ける。
「だから、全部おかしくなる」
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「……」
「……仕事も」
「……」
「……あたしも」
最後に、それ。
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「……距離、置こ」
ぽつりと言う。
決定。
確定。
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「……」
言葉が出ない。
止め方が分からない。
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「……嫌なら」
ユイが続ける。
「止めればいいよ」
こっちを見る。
試すみたいに。
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「……」
言えない。
止めたい。
でも——
今の自分の言葉じゃ、止められないのが分かる。
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「……でしょ」
小さく言う。
少しだけ寂しそうに。
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そのまま、背を向ける。
バッグを取る。
ヒールを履く。
音が、やけに響く。
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「……じゃあね」
それだけ。
軽く。
でも——
軽くない。
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ドアが閉まる。
音が、やけに大きい。
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「……」
部屋に、一人。
静か。
でも——
何も残ってない感じ。
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さっきまであった距離も、体温も。
全部、消えてる。
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「……くそ」
小さく呟く。
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分かってる。
どこで間違えたか。
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でも——
分かってても、戻せない。
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それが一番、厄介だった。




