2章1話:近すぎる日常
目が覚めたとき、最初に感じたのは体温だった。
自分のじゃないやつ。
「……」
少しだけ視線を落とす。
すぐ隣。
ユイが、寝ている。
こっちに寄りかかるみたいな姿勢で、完全に体重を預けてる。
無防備。
いつも通りといえば、そう。
でも——
少しだけ、違う。
「……重い」
小さく呟く。
もちろん、本気で言ってない。
むしろ逆だ。
この重さが、妙に落ち着く。
でも、それが少しだけ引っかかる。
こんな感覚、前はなかった。
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「……起きてるでしょ」
ユイが、目を閉じたまま言う。
「……なんで分かる」
「呼吸」
あっさり返ってくる。
やっぱり、こういうとこは変わらない。
「……起きてるなら、もうちょい静かにして」
「無理だな」
「……うるさい」
目を開ける。
少しだけ眠そうな顔。
でも、どこか安心してる。
そのまま——
さらに距離を詰めてくる。
完全に抱きつく形。
「……おい」
「んー……」
返事が適当。
でも、離れる気はない。
むしろ逆。
指先が、こっちのシャツを掴む。
「……今日、仕事?」
「ある」
「……そっか」
それだけ言って、少し黙る。
ほんの一瞬。
でも、分かる。
考えてる。
「……なに」
「……別に」
視線を逸らす。
でも、離れない。
むしろ——
少しだけ力が強くなる。
「……行きたくない?」
「……まあね」
正直に言う。
前なら、こんな言い方しなかった。
でも今は、普通に出る。
「……そっか」
またそれ。
短い返事。
でも、少しだけ重い。
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そのまま、自然にキスする。
流れみたいに。
前より、迷いがない。
ユイも、抵抗しない。
むしろ——
自分から深くしてくる。
「……ね」
息が近いまま、ユイが言う。
「ん」
「……こういうのさ」
少しだけ間。
「朝からするの、慣れてきた」
「……だな」
「……やばいよね」
小さく笑う。
でも、その笑いは軽くない。
「……なにが」
「……普通じゃない感じ」
その言い方。
少しだけ引っかかる。
「……今さらだろ」
そう返すしかない。
ユイが、少しだけ目を細める。
「……そうなんだけどさ」
言葉が続かない。
でも、離れない。
そのまま、もう一度キスしてくる。
今度は、少しだけ強い。
何かを確かめるみたいに。
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ベッドの上。
体勢が変わる。
ユイが、上に乗る形。
珍しい。
いつもより、積極的。
「……珍しいな」
「……たまにはいいでしょ」
視線を逸らす。
でも、逃げてない。
そのまま、シャツのボタンに手をかける。
少しだけ乱暴。
でも、止まらない。
「……ユイ」
「……なに」
「……仕事、間に合うか」
「……いいでしょ、別に」
即答。
その言い方。
少しだけ強い。
でも——
どこか逃げてる。
「……怒られるぞ」
「……いいって」
繰り返す。
今度は少しだけ苛立ちが混ざる。
「……あたしの仕事でしょ」
線を引く言い方。
ほんの少しだけ。
「……」
それ以上は言わない。
言ったら、多分崩れる。
まだ、そのタイミングじゃない。
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そのまま流れる。
触れる。
重なる。
いつもより、少しだけ強い。
ユイの動きが、少しだけ荒い。
呼吸も、いつもより乱れてる。
でも——
途中で止めない。
止まらない。
終わったあと。
しばらく動かない。
ユイが、上に乗ったまま。
少しだけ息を整えてる。
「……」
「……」
静か。
でも、さっきまでと違う。
少しだけ、空気が重い。
「……ね」
ユイが言う。
「ん」
「……こういうのさ」
また同じ入り。
でも、今度は違う。
「……増えたよね」
「……ああ」
「……前より」
それだけ。
でも、意味は分かる。
「……嫌か」
「……違う」
すぐに否定する。
でも——
少しだけ間があった。
「……じゃあ」
「……なんかさ」
言葉を探す。
「……分かんなくなる」
小さく言う。
「なにが」
「……どこまでが普通か」
それ。
核心。
「……」
「……全部混ざってくる感じ」
続ける。
少しだけ、声が弱い。
「……仕事も」
そこで止まる。
それ以上は言わない。
でも、十分。
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「……やめるか」
思わず言う。
ユイが、すぐに顔を上げる。
「……は?」
「いや」
「それ、やめて」
即座に遮る。
強い。
今までで一番くらい。
「……それ言われるの、一番嫌」
はっきり言う。
目が、まっすぐこっちを見る。
逃げない。
でも——怖がってる。
「……悪い」
すぐに引く。
ここは踏み込まない。
まだ早い。
ユイが、少しだけ息を吐く。
「……ごめん」
「いや」
「……あたしも、分かってるから」
小さく言う。
「変になってるの」
自覚してる。
それが一番厄介。
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そのまま、ゆっくり降りる。
ベッドの横に座る。
少しだけ距離が空く。
でも——
完全には離れない。
「……行くわ」
ぽつりと言う。
「……ああ」
「……遅れるかも」
「分かった」
短いやり取り。
でも、前と違う。
軽くない。
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服を着る。
鏡を見る。
いつもの顔を作る。
店の顔。
でも——
少しだけ、作りきれてない。
「……」
こっちを見る。
一瞬だけ。
何か言いかけて——やめる。
「……じゃ」
「……おう」
それだけ。
ドアが閉まる。
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静かになる。
一人。
「……」
さっきまでの体温が、まだ残ってる。
でも——
それが少しだけ、重い。
「……なんだこれ」
小さく呟く。
答えは出ない。
でも、分かってる。
これ、たぶん——
いい方向だけじゃない。
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近すぎる距離は、安心と同時に。
少しずつ、形を崩し始めていた。




