15話「触れられたくなかった場所」
部屋の中は、静かだった。
さっきまでのざらついた空気は、少しだけ落ち着いている。
でも——完全には消えていない。
ユイが、隣にいる。
肩に寄りかかる形のまま。
体温が、やけに近い。
「……」
「……」
どっちも喋らない。
でも、さっきまでの沈黙とは違う。
逃げてない沈黙。
ただ、言葉を選んでるだけの沈黙。
ユイが、少しだけ息を吐く。
「……引いたでしょ」
ぽつりと。
「なにを」
「さっきの」
それ以上は言わない。
言わなくても分かる。
「……いや」
短く返す。
誤魔化さない。
それが一番いい気がした。
「……引かないの」
少しだけ顔を上げる。
目が、こっちを見る。
逃げ場を探すみたいに。
「……別に」
即答。
ユイが、一瞬だけ止まる。
「……なんで」
「なんでって」
少し考える。
でも、大した理由は出てこない。
「今さらだろ」
結局それになる。
ユイが、小さく笑う。
さっきと同じ言葉。
でも、少しだけ違う。
「……ほんと、それ」
少しだけ力が抜ける。
肩に乗る重さが、ほんの少し増える。
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「……借金」
ユイが、自分から言う。
少しだけ驚く。
でも、顔には出さない。
「……あるの」
続ける。
淡々と。
説明みたいに。
「まあまあな額」
「……どれくらい」
「……言わない」
即答。
そこは線。
越えさせない。
「……そっか」
それ以上は聞かない。
ユイが、少しだけこっちを見る。
「……普通さ」
「ん」
「こういうの聞いたら、引くでしょ」
「……人によるだろ」
「……あんたは?」
「引いてないだろ」
そのまま返す。
ユイが、ほんの少しだけ目を細める。
「……ほんと、変」
「お前もな」
「……それはそう」
小さく笑う。
少しだけ、空気が軽くなる。
---
「……最初はさ」
ユイが、ゆっくり話し始める。
視線は、前。
どこも見てないみたいに。
「別に、大した理由じゃなかった」
「……」
「なんか、向いてる気がしただけ」
少しだけ笑う。
でも、その笑いは——軽くない。
「人の温度、分かるし」
「……ああ」
確かに。
それはずっと感じてた。
「で、気づいたら——」
少しだけ言葉が止まる。
ほんの一瞬。
「……抜けられなくなってた」
静かに言う。
感情を乗せすぎない言い方。
でも——重い。
「……借金も」
続ける。
「全部、自分で選んだ結果」
言い切る。
言い訳しない。
それが逆に重い。
「……そうか」
それしか言えない。
軽くも、重くもできない。
そのままの重さで受け取るしかない。
---
「……だからさ」
ユイが、少しだけ体を起こす。
肩が離れる。
でも、距離は遠くならない。
「……こういうの、向いてないんだよね」
こっちを見る。
はっきりと。
「こういうの?」
「……あんたとのやつ」
少しだけ言いづらそうに言う。
「……普通のやつ」
言葉を選ぶ。
でも、ちゃんと出す。
「……そっか」
それしか言えない。
でも——
逃げない。
ユイが、少しだけ眉を寄せる。
「……なにそれ」
「何が」
「それしか言わないの」
「……じゃあなんて言えばいい」
正直に返す。
ユイが、一瞬だけ詰まる。
「……分かんない」
小さく言う。
少しだけ、視線を逸らす。
でも、完全には外さない。
---
「……怖いの」
ぽつりと出る。
今までで一番小さい声。
「なにが」
「……ちゃんとされるの」
一瞬、意味が分からない。
でも、すぐに繋がる。
「……本気で来られるの」
続ける。
少しだけ、声が震える。
「……慣れてないから」
笑う。
でも、その笑いは——崩れてる。
「……どう返していいか分かんない」
正直すぎる言葉。
逃げないで言ってる。
それが分かる。
「……」
「……」
沈黙。
でも、今度は重くない。
ただ、ちゃんと届いてるだけ。
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「……じゃあ、適当でいいだろ」
ぽつりと言う。
ユイが、少しだけ目を上げる。
「……は?」
「完璧じゃなくていいってこと」
続ける。
「慣れてないなら、そのままでいい」
それだけ。
シンプルに。
ユイが、完全に止まる。
「……なにそれ」
小さく言う。
でも——さっきとは違う。
少しだけ、力が抜けてる。
「……ほんと、ずるい」
またその言葉。
でも、今回は柔らかい。
「……そうか」
「……うん」
小さく頷く。
それから——
ゆっくり、こっちに寄ってくる。
今度は、完全に自分から。
肩に頭を乗せる。
重さが、さっきより自然。
「……ね」
「ん」
「……また、逃げるかも」
正直に言う。
予防線。
でも——嘘じゃない。
「……いいよ」
すぐに返す。
ユイが、少しだけ息を止める。
「……なんで」
「戻ってくるならな」
それだけ。
余計なことは言わない。
ユイが、完全に黙る。
数秒。
それから——
「……ほんと、無理」
小さく言う。
でも、その声は少しだけ笑ってる。
そのまま、少しだけ力を込める。
離れない。
でも、縛らない。
その距離のまま——
時間が、ゆっくり流れる。
触れられたくなかった場所は、まだ全部じゃない。
でも——
もう、隠しきれないところまで来ていた。




