13話「近づいた距離の不安定さ」
それから。
距離は、一気に近くなった。
分かりやすく。
でも——
安定はしてない。
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朝。
いつも通りドアを開ける。
ユイがいる。
「……おはよ」
「おはよ」
自然に会話が始まる。
前とは違う。
明らかに。
でも——
どこか、ぎこちない。
慣れてない距離。
「……今日、遅い?」
「多分」
「そっか」
それだけ。
普通の会話。
なのに、少しだけ引っかかる。
ユイが、少しだけ視線を逸らす。
「……仕事、行くんだな」
思わず言う。
ユイが、一瞬だけ止まる。
「……行くよ」
「……そっか」
それ以上は言えない。
でも、引っかかる。
昨日までと違う感情。
はっきりしない不安。
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夜。
帰ると、ユイはいない。
部屋の明かりも消えてる。
「……」
なんでもないはずなのに。
少しだけ、落ち着かない。
時間を見る。
まだ遅くはない。
「……仕事か」
分かってる。
分かってるけど——
面白くない。
自分でも驚くくらい。
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少しして、ドアの音がする。
廊下に出る。
ユイが帰ってきたところだった。
「……おかえり」
「……ただいま」
少し遅れて返ってくる。
声が、少しだけ違う。
疲れてるのか。
それとも——
「……どうした」
「なにが」
「顔」
「普通」
即答。
でも、明らかに普通じゃない。
「……客、やばかった?」
口に出す。
ユイが、止まる。
ほんの一瞬。
「……別に」
それだけ言って、ドアを開ける。
中に入ろうとする。
「……おい」
思わず呼び止める。
ユイが、止まる。
振り返らない。
「……なに」
声が、少し低い。
「……嫌なら、やめろよ」
出てしまう。
自分でも分かってる。
これは、違う。
でも——止まらない。
「……簡単に言うね」
以前と同じ返し。
でも、今回は少しだけ冷たい。
「……できないって言ったでしょ」
「……分かってる」
「分かってない」
言い切る。
振り返る。
目が合う。
少しだけ、強い目。
「……あんたさ」
「なんだよ」
「変わったよね」
静かに言う。
「……なにが」
「前は、そんなこと言わなかった」
正しい。
完全に。
「……悪い」
「別に謝らなくていい」
少しだけ息を吐く。
それから——
「……でも、そういうの一番困る」
「……なんで」
「……分かるでしょ」
目を逸らす。
でも、完全には外さない。
「……」
「……」
沈黙。
重い。
さっきまでとは違う。
少しだけ、歪んだ空気。
ユイが、ゆっくり近づく。
一歩。
さっきの距離。
でも——温度が違う。
「……ね」
「ん」
「……ちゃんとできなくなる」
小さく言う。
「なにが」
「……全部」
また、その言葉。
でも、今度は現実味がある。
「……」
「……あんたといるとさ」
続ける。
「仕事のとき、変になる」
はっきり言う。
逃げない。
「……そっか」
それしか言えない。
でも——
胸が少しだけ重くなる。
「……でも」
ユイが、少しだけ顔を上げる。
「それでもいいって思ってる自分が、もっと嫌」
正直すぎる言葉。
逃げ場がない。
「……」
「……」
沈黙。
でも、今度は逃げない。
ユイが、少しだけ近づく。
触れる距離。
そのまま——
抱きつく。
強くはない。
でも、はっきり。
「……どうすんの、これ」
胸元で呟く。
答えなんてないのは分かってる。
「……知らねえよ」
正直に言う。
ユイが、小さく笑う。
「……だよね」
そのまま、少しだけ力を込める。
離れない。
でも、縛らない。
不安定なままの距離。
それでも——
離れる気は、もうなかった。




