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幕間:王都の動き1

幕間:王都の動き1

 

1 夕食会の食卓

 

 王族の夕食は、いつもより静かだった。

 大テーブルの上座にテリオン王が座り、その左右に王妃エリーザ、第一王子リチャード、第二王子ロベール、そして三人の王女たち(ルイーゼ、ヒルデ、エノール)が並んでいた。光源虫の光が食器を照らし、給仕が静かに動いていた。

 料理は豪華だった。しかし食卓の空気は、料理の見栄えに釣り合っていなかった。

「最近の王都の水の件ですが」

リチャードが口を開いた。ナイフを置いて、父王を真正面から見た。その目に、穏やかさの中に焦りがあった。

「体調不良者が複数の区画で出ています。犯人も原因も特定できていない。これは放置できる問題ではありません」

「わかっておる」

テリオン王は口を拭いながら言った。その声に急ぐ色はなかった。

「騎士団に衛兵の巡回を増やすよう言ってある。宰相も動いている。手は打っておるよ」

「手を打っているのに犯人が見つからないのが問題なのです」

リチャードが続けた。

「地下墳墓でも怪しい動きがあります。地下水路でも変事が起きた。これらが全て繋がっているとしたら——悪魔フォロードゥ・スキャムの仕業という可能性を——」

「フォロードゥは神話で討伐されておる」

テリオン王は穏やかに、しかし話を切るように言った。ワインを一口飲んだ。

「神話の悪魔が今更出てくるわけがない。何かあるとしても、別の何かだ」

「神話が常に正確とは限りません」

「リチャード」

王は息子を見た。その目に、叱責ではなく、疲れのようなものがあった。「そなたらの弟のマルクとクレイドが明後日には帰ってくる。久しぶりに家族が揃うのだから、その時にでもゆっくり話し合えばいい。今夜は——」

「今夜話すべきことがあると思って申し上げています」

 リチャードは引かなかった。食卓に沈黙が落ちた。

第三王女のルイーゼ(口数の多い少女)が口を開きかけたが、

隣の第四王女のヒルデ(冷静な目をした少女)に袖を引かれて黙った。

ヒルデは食器を動かしながら、何も言わなかった。

第五王女のエノール(幼い)がパンを千切りながら、

兄と父を交互に見ていた。

 テリオン王は立ち上がった。

「今夜は楽しく食事をしよう。難しい話は明日以降だ」

 給仕が王の椅子を引いた。テリオン王は穏やかに笑って、食堂を出ていった。

王が去ると、食堂の空気が変わった。

 リチャードはしばらく父王が消えた扉を見ていた。それから視線を落とした。

「ロベール」

「わかっている」

ロベールが静かに言った。ナイフを置いて、指を組んだ。

「父上のあの様子は最近ひどくなっている」

「宰相がいなければ国が——」

「わかっているんだ……」

 二人だけの会話になった。王女たちは静かに食事を続けていた。ヒルデだけが聞いていた。

「配下の暗部からの報告では」

ロベールは声を落とした。

「地下水路に怪しい影が複数回出没している。地下墳墓にも遺体と思われるものが運び込まれた痕跡がある。地下水路で行方不明になった者も出ている。これが全て繋がっているとすれば——」

「フォロードゥだ」

リチャードが言った。

「可能性は高い」

ロベールは否定しなかった。その目が、冷静に状況を計算していた。

「マルクも伝達鷹で同じことを言ってきている。宰相と同じ危惧だ。悪魔による国の混乱、それが目的だとすれば——次に何が来るかを考えなければならない」

「聖騎士もいる」

リチャードが腕を組んだ。

「親善という名目で来ているが、特記戦力の聖十騎士を二人も動かすのに親善だけの理由はない。悪魔討伐の指示があるはずだ」

「探りを入れているが、まだはっきりしない」

ロベールが続けた。

「ただ——天使も来ているという話がある。天使と聖騎士が動けば、周囲への被害を考えない戦いになる可能性がある」

 リチャードの顔が険しくなった。

「全てが後手だ」

リチャードは額を抑えた。その声に、焦りと悔しさが混じっていた。

「先手を取れていない。宰相ともう一度話し合う必要がある」

「そうだ」

ロベールは頷いた。

「ただ——父上がやる気でない以上、大きな判断を下そうとしても最終的な認可が下りない可能性がある。それだけは覚悟しておく必要がある」

「最悪、俺が全ての責任を取る」

リチャードは言った。迷いのない声だった。

 テーブルの端から、声が来た。

「私が何とかします」

 エリーザ王妃だった。

 二人の息子が、同時に母を見た。

「母上、無理は——」

「心配しなくていいのよ」

エリーザは穏やかに微笑んだ。しかしその目の奥には、息子たちが見たことのない光があった。長年、覇気のない王を支えてきた女性の、静かで確かな決意の光だった。

 

2 天使の疑念

 

 セレナは地下墳墓の中にいた。

 今日で何度目だろう。自分でも数えるのをやめていた。

 棺の蓋を持ち上げて、中を確認した。遺体があった。アンデッド防止の魔法の痕跡が残っていた。悪魔の力は——なかった。残滓は墳墓全体に染み込んでいたが、遺体そのものには何もなかった。

 セレナは棺の蓋を元に戻した。

 水の問題についても、何度か考えた。人々が水を疑い、不安を抱き始めている。それがフォロードゥの策謀の一部だとすれば、水そのものに手を加えているはずだった。しかし水から悪魔の力は感じなかった。神聖魔法で探知しても、引っかかるものがなかった。感知できないやり方で仕掛けている——それがフォロードゥらしいやり口だとはわかっていた。

 しかし自分には調べようがなかった。

 セレナは墳墓の奥で立ち止まり、少し前のことを思い出した。

 夢の中だった。神からの追加の指令があったのは。

 いつものように神の姿は光だった。輪郭だけがある、マネキンのような光の人型だった。声には感情がなく、合理的だった。

「フォロードゥ・スキャムは滅びていない」

 セレナは夢の中で問い返した。神話では討伐されたと記録されていると。

「分身体が滅んだ。フォロードゥ本体は存続していた」

 神は淡々と言った。それ以上の説明はなかった。

 セレナが知ったのはそれだけだった。数えるほどもいない上級天使である自分が、フォロードゥの生存を知らされていなかった。そして聖騎士たちが王都に来ているのも、神からの直接の指示なのだろうが、セレナにはその内容が知らされていなかった。

 神には神の意図があるはずだ。

 セレナは自分にそう言い聞かせた。何百年もそう言い聞かせてきた。それで動いてきた。

 しかし今夜、墳墓の暗がりの中で一人立っていると——何かが、ほんの僅かに、胸の中を横切った。

 それが何かを、セレナは名付けなかった。

 名付ける言葉を、セレナは持っていなかった。

 しかしそれは確かにそこにあった。今まで感じたことのなかった、小さな何かが。それは——疑念に近い何かだった。

 

3 騎士団長の執務室

 

 第二騎士団長ジョアンは執務室で一人だった。

 書類が机に積まれていたが、手が止まっていた。窓の外で日が暮れていた。光源虫を手配するのも忘れていた。

 頭の中で、今日のエドワードの顔が繰り返された。

 点呼の場で、あの男は自然に騎士たちの中心にいた。命令を出したわけでもない。ただそこにいるだけで、騎士たちの目がエドワードに向いていた。自分が何か言えば皆が礼儀として従う。しかしエドワードが何か言えば、皆が自発的に動く。

その差が、ジョアンには耐え難かった。

 剣でも勝てない。カリスマでも及ばない。騎士団長という地位だけが、自分にある唯一のものだった。しかしその地位すら、実質的な力でエドワードに追いつかれているように感じていた。

「あの男さえいなければ——」

 ノックがあった。

「入れ」

 扉が開いた。

 ジョアンは顔を上げて、固まった。

 宰相だった。

——いや、本当にそうだったか?

 護衛もなく、一人で立っていた。その顔に、いつもの胡散臭い余裕の笑みがあった。

「お忍びで参りました」

宰相が言った。

「通達なしで失礼を」

「い——いえ、何でしょうか」

 慌てて立ち上がった。宰相が直接来ることは、通常あり得なかった。護衛もなしに来ることも。しかしその疑問が、頭の中で形にならなかった。

「ジョアン殿は最近、お疲れのようですね」

宰相は部屋の中を見渡しながら言った。その目が、まるでジョアンの内側を見ているような色をしていた。

「エドワード副団長との関係で、色々と——」

「そのようなことは——」

「ご安心を。口外しません」

宰相はジョアンの言葉を穏やかに遮った。

「ただ、力が欲しいと思うのは自然なことです。副団長に勝てる力が」

 ジョアンの胸が、狭くなった。

「何が言いたいのですか」

「これを」

 宰相が手を出した。ネックレスがあった。金属の鎖に、黒い石が下がっていた。

「これをつければ、力を得られます。エドワード殿にも、勝てるようになるでしょう」

 ジョアンは宰相を見た。訝しんだ。こんな話が本当にあるわけがないと、理性の一部が言っていた。

 しかし——エドワードに勝てる。

 その言葉が、理性の声を押しつぶした。

「すぐ効果が出るわけではありません」

宰相が続けた。

「二日ほどつけていれば、力が馴染みます」

ジョアンは受け取ったペンダントを見つめた

「……こんなものを信じるのか」

そう思った。

しかし——エドワードに勝てる。

「……わかりました」

 ネックレスを受け取り、首にかけた。

 何も起きなかった。しかし宰相が言ったのだから——と、ジョアンは自分の内心を納得させた。

「用はそれだけです」

 宰相が踵を返した。その口元が、扉に向かう瞬間、一瞬だけ動いた。

 ジョアンが気づいた時、部屋には誰もいなかった。

 扉も閉まっていた。

 ジョアンは胸元のネックレスに手を当てた。

 これでエドワードに勝てる。

 その思いだけが、暗い執務室の中で膨らんでいた。

 

 

——気づかぬうちに。





ムステル王国 王族


テリオン王

ムステル王国国王(55歳)。ことなかれ主義の統治者で、平時においては問題ないが、現在の水に対する不信問題などには有効な対策を打てていない。


リチャード

第一王子にして皇太子(31歳)。精悍な容姿を持つ実直剛健な人物だが、やや武に偏った気質のため、王位継承には慎重論もある。


ロベール

第二王子(29歳)。冷静沈着で王位には興味を示さず、王国の暗部を掌握・運用している。兄リチャードを陰から支えることを自らの役割と考えている。


マルク

第三王子(27歳)。内政に優れた才を持ち、現宰相の後継と目される。現在は帝国に留学中。


クレイド

第四王子(22歳)。気さくで人当たりの良い性格の持ち主。能力は平均的で、現在はマルクとともに帝国に留学している。


エリーザ

王妃。覇気に欠ける王に対し内心軽蔑を抱いている。リチャードとロベールの母。


アイリス

第一王女。帝国皇帝に嫁いでおり、現在は王国にいない。


シャルロット

第二王女。有力諸侯に嫁いでおり、王都には不在。


ルイーゼ/ヒルデ/エノール

第三〜第五王女。いずれも十代で王城に在住。

ルイーゼは気が強く感情的、ヒルデは冷静な現実主義者、エノールは天真爛漫な性格。


なお、マルクとクレイドは数日中に一時帰国する予定である。



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