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幕間 王都の動き2

幕間 王都の動き2

 

1 老武闘家と裏社会の主

 

 ガイウスは王都の石畳を歩いていた。

 王都に着いた時から、嫌な予感がしていた。昔、似たような気配を感じたことがある——あの時も街は滅びた。王都には孫と曾孫が暮らしている。嫌な予感がなにか分からないうちに、ストークレンに帰る気がしなかった。

 久々に孫の家に顔を出した。孫は驚き、飛びついてきた曾孫は無邪気に笑っていた。それだけで十分だった。

 王都の空気が、いつもと違っていた。

 都市には常に悪意がある。欲と嫉妬と恐れが人の数だけあり、それが重なって独特の淀みを作る。長く生きていれば、そういうものには慣れる。

 しかし今の王都は違った。

 その淀みの中に、異質なものが混じっていた。人の頭から発せられる、人の悪意ではない何かだった。二十人か三十人に一人か——擦れ違うたびに、その感触があった。見えるわけではなかった。ただそれがそこにあることが、皮膚でわかった。

 そして孫の家の近くにある家が気になっていた。

 外見は普通の家だった。しかしそこから滲み出る悪意の濃さは、街全体のそれとは次元が違っていた。

 市場の通りを歩いていると、声が聞こえた。

「水を買い置きしているけど、それがいつまで続くかと思うと——」

「井戸の水を飲んで寝込んだ人が、うちの通りだけでも三人は——」

 ガイウスは聞き流さずに耳に入れながら歩いた。

 前方から、見覚えのある大柄な男が来た。護衛の戦士を二人連れていた。

「ヴィルの小童か」

 ヴィルヘルムが足を止めた。その目が珍しく大きく開いた。

「じいさん——なんで王都にいる」

「帰る気がしなかった。それだけだ」

ガイウスは腕を組んだまま言った。

 ヴィルヘルムはガイウスをしばらく見た。それから周囲を確認して、人気のない路地に顎を向けた。

路地の奥で、二人は向き合った。

「何かを感じているか?」

ガイウスが先に言った。

「ああ」

ヴィルヘルムが答えた。

「王都の一部の人間——何かは見えないが人を狂わせるものがある」

ガイウスも頷く。

「頭から悪意のようなものを感じる者がいる。二十から三十人に一人の割合だな」

 ヴィルヘルムが目を細めた。

「じいさんにそれが感じ取れるのか」

「見えるわけではない。ただある。それだけわかる」

「……」

ヴィルヘルムは少し考えてから、孤児院の件を話した。息子が頭のそれのせいで豹変したこと。それを取り除いてもらったこと。自分の裏のツテを使って王都の異常な地点を片端から調べさせていること。

「人手が足りなくて俺自身も動いている」

ヴィルヘルムは続けた。

「今から向かう場所がある。数人の乞食が大きな荷物を運び込むのを目撃していて、その後その乞食が何人か消えている家だ」

「どこだ」

 ヴィルヘルムが場所を言った。

 ガイウスの目が細くなった。

「その家は儂も気になっていた」

「……一緒に来るか、じいさん」

「ああ」

 

2 地下の死体部屋

 

 家は見た目の通り、何の変哲もなかった。

 しかしガイウスが近づくにつれて、悪意の圧が増した。人間のものではない。もっと冷たく、もっと深い何かだった。

 窓から中を窺おうとした。カーテンがかかっていた。何も見えなかった。

 ヴィルヘルムが顎で合図した。護衛の戦士の一人が前に出た。鍵穴に細い道具を差し込み、少し操作して、扉を開けた。その一連の動作が、呼吸をするように自然だった。

 中に入った。

 普通の家の内部だった。家具があり、埃が薄く積もっていた。生活の跡があったが、最近は人が住んでいない気配もあった。

「下だ」

ガイウスが言った。

 床を調べた。一部の板が微妙に浮いていた。持ち上げると、地下へ降りる階段が現れた。

 降りた。

 扉があった。鍵がかかっていた。戦士が再び道具を使った。

 扉が開いた。

 においが来た。

 腐敗のにおいではなかった。しかし生き物のにおいでもなかった。何か別のものが、広い地下室に満ちていた。空気そのものが、わずかに粘ついているようだった。

 部屋の奥に、それがあった。

 積み重なっていた。人の形をしたものが、部屋の奥に積まれていた。

 それが動いた。

「ゾンビか——」

ヴィルヘルムが低い声で言った。

「違う」

ガイウスは即座に答えた。

「ゾンビは死者の意志の残滓が動かす。これは魔法で操られている。死体のいわばゴーレムだ」

「どう違う?」

「ゾンビは不規則に生者を襲う。これは命令に従う」

 死体が立ち上がった。

「う、あ、あぁぁぁ……」

うめき声をあげて複数が同時に襲いかかってくる。

「退くぞ」

ヴィルヘルムが戦士たちに撤退を指示し、階段に向かおうとした。

「上に——」

 影が来た。

 ヴィルヘルムの背後から、形のない腕が伸びてきた。

「なっ……!?」

 ガイウスが動いた。

 ヴィルヘルムには見えなかった。だが次の瞬間には、影が床に叩きつけられていた。

風が吹いたとしか感じられなかった。気づいた時には、影の身体がひしゃげ消えた。ガイウスが元の位置に立っていた。腕を組んだまま。

「……」

ヴィルヘルムは自分の喉が動いているのを感じた。

「逃げるわけにはいかん」

ガイウスが言った。

「この死体どもが地上に出れば、街に出る。近くに孫と曾孫がいる」

 ヴィルヘルムはガイウスを見た。老人の目に、静かな炎があった。

「殲滅する」

「仕方ないな……お前らやるぞ」

時間がかかった。

 死体ゴーレムは一体倒しても二体、三体と来た。しかし倒せないわけではなかった。

 ガイウスは風のように動いた。

 その動きを、ヴィルヘルムはほとんど目で追えなかった。踏み込みの速さが人間のものではなかった。拳が当たった瞬間に、死体ゴーレムの動きが止まった。蹴りが入れば、石造りの壁に当たったような音がして、死体の身体が崩れた。

「相変わらずむちゃくちゃなじいさんだ……!」

 戦士たちが死体と影の刺客を相手にした。ヴィルヘルムも剣を抜いて加わった。

 それでも戦いは長く続いた。

 最後の一体が崩れた時、地下室は静かになっていた。

 ガイウスは息を乱していなかった。腕を組み直して、地下室を見渡した。

「これで全部か」

「ハア……ハア……全部です」

戦士の一人が息を切らせながら答えた。額に汗が滲んでいた。

「ルーシェン殿に連絡だな……」

 こちらを横目で見るガイウスをチラリと見て、ヴィルヘルムはイヤリングに触れた。

 

3 神殿の勘違い

 

 光と秩序の神殿の奥の間は、静かだった。

 この神殿の最高位であるエルマンド大司教は、ギディウスとランエルを前に座っていた。壮年の男で、穏やかな顔をしていた。しかしその目の奥に、今日は少し違うものがあった。

「神からのお告げがありました」

エルマンド大司教は静かに言った。両手を組み合わせた。

「断片的ではありますが——」

「内容を」

ギディウスが先を促す。

「悪魔が、この王都に騒乱を起こそうとしている。多くの命が失われる前に、我々が動かなければならない……と」

大司教は続けた。

「人々を救い、秩序の教えを広める。そして悪魔本体を——天使とともに討伐せよと」

「天使……場所は?」

ランエルが静かに聞いた。

「それが——」

大司教は少し目を閉じた。お告げを辿るように。

「お告げの最後の方は聞こえにくく……南側、という言葉が聞こえました。王都の南側に、何か——」

 ギディウスが頷いた。

「王都の南側には大通りと入口がある。民が多く集まる場所だ。そこで騒乱が起きるということか」

「これは、南側での騒乱を示しています」

大司教がギディウス達を見回しながら言った。

「断片的なお告げですので、確信は持てませんが」

 ランエルは何も言わなかった。しかしその目が、情報を処理していた。

 ギディウスが部下の聖騎士たちに向いた。

「南側の協力者の神殿に向かう。いつでも動けるよう準備を整えておけ。ランエルも行くぞ」

「わかりました」

神殿を出て、街を歩きながら、ランエルは地下水路のことを思い出していた。

 あの汚物と罠の連続を。ハズレと書かれた紙を。そして大量の水に流されたことを。

 屈辱だった。純粋に。

 あの時一緒にいた男のことを、ランエルは少し思い出した。旅の者だと言っていた。冒険者か何かだろう。あの状況で冷静に動いていた。

 どこかで会ったような気がするという感触がまだあった。

 しかし地下水路という記憶と一緒に、その感触を頭の隅に押し込めた。今は関係ない。

 ギディウスは歩きながら、路地裏の出来事を思い出した。悪魔の眷属に襲われていた男と、ローブ姿の男。悪魔の眷属を引きつけていた、あの男。少し気になるが……。

 とにかく悪魔だ、とギディウスは意識を切り替えた。

 今は、南側だ。

 

4 エドワードの執務室

 

 ロイは着替えて報告に来た。

 エドワードは話を聞きながら、額に手を当てた。

「罠が連続して、最終的に大量の水に流された」

「そうです」

ロイは少し他人事のような顔で言った。

「ハズレって書いてあって——」

「わかった」

エドワードは手を上げてロイの言葉を止めた。

「悪魔が確実に動いている。水路まで使っているという事だな?」

「はい。確実です」

 エドワードは窓の外を見た。日が傾き始めていた。

「明日、第三王子と第四王子が帰ってくる」

「あ——そうでしたね」

ロイが言った。その声のトーンが、思い出した人間のトーンだった。

 エドワードは目を細めた。

「忘れていたか」

「……少し。すみません」

「ロイ」

エドワードは静かに言った。

「お前には警護の一人として参加してもらう予定だ。竜騎兵の護衛と一緒に飛竜で帝国から来る。王都近くの広場に降りて、そこで第一騎士団と我々が馬車とともに迎える。そのまま王城まで送り届ける」

「了解です」

ロイが頷いた。

「悪魔が動いている以上、その最中に王子たちが到着する」

エドワードは机の上に書類を引き寄せた。

「腕のたつ騎士を警護につける。今から組み直す」

「俺は合格ですか」

「そうだ。だから言っている」

「よかった」

ロイは安堵の表情を浮かべた。

 エドワードは書類に目を落としながら、頭の中で人員を組み替え始めた。榊が見た、“違和感のない騎士”を選抜しなければ……。その顔に、疲れがあった。しかし手は止まらなかった。

 

5 星詠の水晶

 

 星詠の館の奥で、水晶が青白く光っていた。

 星詠はその前に座っていた。ヴェールの奥の口元が、静かに動いた。

「戦星が、影宮の影と交差する夜が近い」

 水晶の光が揺れた。

「星道の乱れは、七つの流星を呼ぶ。闇の流星か、光の流星か——それは星の数ほど解釈がある」

 指先が水晶に触れた。

「昴の群れは散りながらも、新たな星座を描こうとしている。そして——」

 星詠の口元に、微かな笑みが浮かんだ。

「闇は——王か、それとも別の“器”につくでしょうか」

 水晶の光が、ゆっくりと揺れ続けた。

 

 



光と秩序の神殿


カルガリー神聖国を本拠地とする宗教組織。最高位は教皇であり、本国には複数の枢機卿が存在する。

教義を広めるため各国に神殿が建てられており、それぞれに大司教が1~2名置かれ、その下に司教、司祭が続く階層構造を持つ。

ムステル王国では、王都の神殿に属するエルマンド大司教が王国西部一帯の教会を統括している。

信徒の間には、秩序の維持を絶対視する急進派と、現実に即した改革を志向する穏健派が存在し、エルマンドは後者に属する。

その穏やかな人柄から、信徒からの信頼は厚い。


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