命を繋ぐ道
1. オルテル病
アーシャは、やせ細っていた。
とても小柄で、本人は15歳だというが、10歳くらいにしか見えなかった。
ファルマが診察を終え、顔を曇らせる。
「これは……不治の病である、オルテル病です」
とても言いにくそうに、言葉を絞り出す。
「今のところ、治す薬は……ありません」
ハリムの顔が、蒼白になる。
「妹は……あとどれくらい生きられる?」
アーシャがそこにいるので、ファルマは言うべきか迷う。
だが――
「覚悟は、できています」
アーシャが、静かに言う。
「罹患してから、どれくらいですか?」
ハリムに向き直るファルマ。
「およそ……1年近く前だ」
ハリムの声が、震える。
ファルマが、オルテル病の概要を説明する。
徐々に身体が衰え、やがて全身に耐え難い痛みが現れる。
およそ罹患してから半年から1年程で、最終的に呼吸が止まり死に至る。
「おそらく……あと1、2週間持つかどうか……」
沈痛な声で、ファルマが告げる。
あまりにも時間がないことに、俺とハリムは絶句する。
ハリムが、アーシャに抱きつく。
「すまない……何もできない兄で、申し訳ない……!」
涙が、頬を伝う。
「運命なの……仕方ないわ」
アーシャが、諦めきった顔で言う。
何も言えなかった。
2. 希望の光
突然――
「レウトラの体液、アルトウェルの触覚、パラルナの樹皮、カリオフィレンの花」
ルーシェンが、何かの材料の名前を言い出す。
(何のことだ……?)
俺には、分からない。
それを聞いて、初めは不思議がっていたファルマが何かに気づき、息を飲む。
「まさか……」
ブツブツと何かを呟き始める。
「確かに……それなら、もしかしたら……!」
「どういうことだ?」
ルーシェンが、静かに俺を見る。
「この病気は、マリアを死に追いやった病気です」
「……!」
「私が、マリアの死後何もしてなかったと思いますか?」
「治療薬が……あるのか!?」
俺とハリムが、驚く。
ハリムが、ルーシェンに詰め寄る。
「妹が……治るのか!?」
「材料のうち、カリオフィレンの花以外は研究材料として持ち合わせがあります」
ルーシェンが、冷静に答える。
「ですが、カリオフィレンの花は……ありません」
エリシアが、口を開く。
「カリオフィレンの花なら、お父様の塔の周りに咲いています」
「本当か!?」
ハリムの顔に、希望の色が浮かぶ。
だがルーシェンが首を振る。
「ここからアルセインの塔まで戻るだけで、1週間はかかります」
「それに、精製してから1日以内に使わないといけないので……結局は、アーシャさんを直接運ばない限り無理です」
やせ細ったアーシャを運ぶのは、無理だ。
皆が、諦めざるを得なかった。
せっかく助かる希望が見えたのに無理だとわかって、ハリムが地面を叩く。
強く握りしめた拳から、血が滲んでいた。
「くそっ……! くそっ……!」
悔しさが、声に滲む。
それを、沈痛な面持ちで見ていた俺だが、ふと思い出す。
(白銀界のゲートが、あった……!)
「ハリム、ゲートを見せてくれ!」
俺が、声を上げる。
「白銀界は……入れば死ぬぞ?」
ハリムが、困惑する。
「闇の力を全身に纏えば、白銀界の侵食を防げる!それに白銀界を通れば、アルセインの塔まですぐ行けるかもしれない!」
「……そんな方法が……」
ハリムが絶句するが、
「希望が、少しでもあるなら……!」
ハリムが立ち上がる。
「案内する!」
3. ゲートへの道
ゲートがある部屋に向かう途中、イスムルの民に聞かれる。
「ハリム様、そんなに急いでどこに行かれるのですか?」
「ゲートがある部屋だ」
ハリムが答えると、民が驚く。
「あの部屋は、ゲートだけでなくこの遺跡を動かしている機械があります。族長の息子といえど、勝手に入ることはできません」
「なら、族長に許可をもらいに行く!」
ハリムが、族長の部屋に向かう。
「待っていてくれ」
ハリムだけが部屋に入り、扉が閉まる。
待っていると中から、怒声が何度も聞こえる。
だが、しばらくして収まり、中から顔の腫れたハリムが出てくる。
「何とか……許可は貰った」
「大丈夫か?」
俺が、声をかける。
「妹が助かるかどうかの瀬戸際に、この程度何ともない」
ハリムが、ゲートの部屋に案内する。
部屋の前には、2人の守りの男がいた。
「族長に許可は取った」
ハリムが、やや強引に部屋に入っていく。
男たちが、ため息をつく。
「ああなったら、ハリム様は止まらない……」
俺たちに向き直る。
「頼むから、勝手に機械を触らないでくれ」
一瞬、ルーシェンを見る俺。
「何ですか?」
ルーシェンが、こちらを見る。
(こいつが何か始めたら、本当に止めないとまずいな……)
そう思いながら、部屋の中に入る。
部屋は中央のゲート以外に、周りによく分からない機械があり、不思議な駆動音で動いていた。
ルーシェンが、目を輝かせて見るものの、意外と触ろうとはしない。
「触らないように」
念を押す、俺。
「大丈夫です」
こちらを見ずに答える、ルーシェン。
ハリムも少し不審げな顔をしている。しかし意識を入れ替えると、ゲートを指さす。
「ここが、ゲートだ」
「このゲートが白銀界のどの辺に出るか、一度見てくる。エリシアも来てくれ」
「はい」
俺は、エリシアと一緒に白銀界に入る。
4. 白銀界を駆ける
入った白銀界は相変わらず、遠くにアウレリアが見えるが見知らぬ場所だった。
「エリシア、アルセインの塔まで、どれくらいだ?」
「少々お待ちください……およそ40キロほどです」
「わかった」
一度、部屋に戻り、ハリムに説明する。
「なら、俺も行く!」
ハリムが言うが――
「こっちは風踏という召喚獣もある。そいつを使えば1時間程度で行くことができる」
風踏は時速40キロは出るし、白銀界なら魔力消費を考えなくていいはずだから、常に最高速度で行ける。
「行き帰りと花を手に入れる行程を考えても、3時間もあれば帰ってこれるはずだ」
ハリムが、必死な顔で俺に頭を下げる。
「頼む……!」
「任せておけ」
俺は、笑顔で答える。
出発前に、アルセインにイヤリングで連絡する。
「今から白銀界を通って戻る。カリオフィレンの花を取ったら、すぐ戻る」
『……相変わらずだな。待っている』
少し呆れたように、アルセインが答える。
そして、エリシアと共に白銀界に入る。
「白銀界なら、召喚獣の召喚に必要な魔力は気にしなくていいんだよな?」
エリシアに確認する。
「はい」
風踏だけでなく、鎖蔦狼も召喚する。
「何故、鎖蔦狼も?」
エリシアが不思議そうに聞く。
「途中で遭遇する召喚獣を、いちいち相手してられない。もし遭遇したら、鎖蔦狼で拘束している間に風踏で一気に通り過ぎる」
「確かに。それは効果的だと思います」
エリシアが、納得する。
俺の風踏の後ろに、肩を持って一緒に移動するエリシア。
エリシアは斥力で僅かに浮いているので、肩を持つだけで同じスピードで着いてくることができる。
「シャァァァ……!」
途中、無尽触魔が現れる。
「鎖蔦狼!拘束だ!」
「ギイィィィ……⁉」
鎖蔦狼の拘束でもがいている間に、駆け抜ける。
「あちらです」
順調に、エリシアの誘導の元進む。
しばらく進んだ時、突然上に大きな影が現れる。
(新手の召喚獣か……!?)
身構えるが、そこには巨大な鳥の召喚獣に乗ったシルフィがいた。
「なんでおっさんが、ここにいるの!?」
大声で叫ぶ。
(厄介な相手に、見つかった……!)
俺は、苦々しい表情が出るのを抑えきれなかった
オルテル病
原因も要因も不明な不治の病。罹患率は二〇〇〇人に一人と言われている。感染しないことだけが、唯一の救いである。
発病すると身体全体が侵され、激しい痛みが徐々に現れ、衰弱していく。半年から一年ほどかけて進行し、最終的には呼吸が止まり、致死率は百%に達する。薬や回復魔法は対処療法しかできず、命をわずかに引き延ばすことしかできない。
人々からは邪神の呪いと恐れられている。ルーシェンは、マリアの命を奪ったこの病を憎み、執念によって治療薬を作り上げた。しかし、助けたかったマリアはすでにおらず、その薬は今も世間には公表されていない。




