幕間 王都の動き4
幕間 王都の動き4
1 王城からの知らせ
昼過ぎに、王城から使いが出た。
数人の騎士が、王都の主要な場所に向かった。大通りの掲示板、市場の入口、広場の石柱——人が集まる場所に、白い紙が貼り出された。
それにはこう書かれていた。
『王都にお住まいの皆様へ
現在、王都内において一部の井戸水による体調不良および、原因不明の異常行動が確認されています。
本件について、王城および騎士団、神殿が連携し、原因の特定と対処を進めております。すでに対応策の確立も進んでおり、過度に恐れる必要はありません。
ただし、安全確保のため、以下の点にご留意ください。
・井戸水の利用は、各区画の指示に従うこと
・体調不良や異変を感じた場合は、速やかに神殿または詰所へ報告すること
・不審な行動をとる者を見かけた場合、単独での対処は避けること
現在、騎士団および関係機関による巡回と保護体制は強化されております。皆様の安全確保を最優先に、引き続き対処してまいります。
現在、原因の一部は特定済みであり、対処法の確立が進んでいます。
不確かな情報や噂に惑わされず、冷静な行動をお願いいたします。
王城より』
最初に気づいたのは、市場の魚売りの男だった。
「なんだこれ、王城からのお達しか——」
男は近づいて、読み始めた。隣の干物屋の女が首を伸ばした。
「なんて書いてあるの?」
「井戸水の体調不良に、異常行動が確認されているって」
男は続きを読んだ。
「対策は進んでいる、だと。過度に恐れる必要はない、と」
「対策が進んでいるなら、ちゃんとやってくれてるってことよね」
女が少し肩の力を抜くように言った。
「でも、こんな知らせを出すくらいだから、やっぱり本当に何かあったってことだろ」
別の男が後ろから言った。顔に疑念があった。
「原因は特定済みって書いてあるけど——じゃあなんで犯人は捕まってないんだ」
「そこまで一気には無理でしょ」
女が言った。
「でも知らせてくれるだけ、まだましじゃない。黙って何もしてないよりは」
「まあ、そうだけどな」
男は頷いた。
「騎士団の巡回は増えてるし——しばらく様子を見るか」
広場では、昼食を持ち寄った老人たちが紙を前に話していた。
「神殿で治療法が見つかったって噂、聞いたか」
一人の老人が言った。
「聞いた聞いた。体調不良になった人が神殿に行ったら、良くなったって話が——」
「変な行動をする人を見かけたら、すぐ報告した方がいいらしいな。そうしないと助けられないとか」
「騎士団ももう対処の方法を掴んでるって話だぞ」
別の老人が続けた。
「あとは実行するだけで、だから焦るなってことじゃないか」
「噂だろ、それ」
「噂でも、根拠のない噂とそうじゃない噂があるだろ。こんなお達しまで出してるんだから、本当に動いてるんだよ」
紙の前に集まる人の数が増えた。読み終えた人間が、隣に内容を話して聞かせていた。
2 西の区画の疑問
王城の西の区画は、いつもより賑やかだった。
厨房の手伝い、廊下の清掃、書類の仕分け——様々な仕事を割り当てられた下働きたちが、同じ区画で動いていた。
「最近、ずっとこっちの仕事ばかりだな」
若い男が廊下を拭きながら言った。
「いつもは東の区画も担当してたのに」
「私もよ」
隣で掃除をする女が答えた。
「まあ、どこも仕事は同じだけど。慣れたところの方が楽でいいじゃない」
「そうだけど——なんか急に変わったじゃないか。理由を聞いても、配置換えだとしか言われないし」
「深く考えなくてもいいのよ。王城の偉い人たちがそう決めたんでしょ」
廊下の角で、騎士が壁に背を預けて腕を組んでいた。
「同じ顔ぶれが同じ場所ばかりだな、最近」
騎士は小声で言った。隣の同僚に向けて。
「気のせいじゃないか」
「いや——俺も以前は南の詰め所だったのに、急に西に回された。他の連中もそういう話をしてる」
「まあ、団長が何か考えてるんだろう。俺たちが知る必要はない話じゃないか」
騎士は答えなかった。腕を組んだまま、廊下を見ていた。何かが引っかかっていた。しかしそれが何かを掴む前に、次の巡回の時間が来た。
3 地下の核
ヴィルヘルムから連絡を受けたルーシェンは、エリシアを連れてその家に来ていた。
ガイウスが戸口の前で待っていた。腕を組んで、表情がなかった。
「来たか」
「待たせました」
ルーシェンが頭を下げた。
「榊たちはどうした?」
「榊さんは今、ファルマさんと協力者の方と一緒に、体調不良の薬を作る手伝いをしています」
「ですので、私とエリシアさんで来ました」
「そうか……」
「とにかく中に入りましょう」
地下への階段を降りながら、ヴィルヘルムが口を開いた。
「うちの部下から伝達鷹が来た。リノアから王都への物資の輸送量が、いつもより多いらしい」
「国も準備を始めているということですね」
ルーシェンは顎の下に手を当てている。
「大きな混乱を見越して動いているのでしょう」
「見越している、ということは——やはり避けられないと考えているということか」
ヴィルヘルムが頭が痛そうに言った。
「残念ながら」
エリシアは階段を降りながら、手すりに触れた指の感触を確かめるように動かした。
「ここは以前、何かの倉庫として使われていた構造です。後から地下室に改造しています」
「よくわかるな」
ヴィルヘルムが感心したように言った。
「壁の接合面が違います」
地下室に入った。
死体が散らばっていた。ガイウスとヴィルヘルムの戦士たちが倒したゴーレムの残骸だった。肉の腐臭がした。
ルーシェンは表情を変えなかった。一体の死体の傍に膝をついて、観察を始めた。
「間違いありません。付与魔法による死体のゴーレムです」
ルーシェンは確信を持って言った。
「自発的な意志はない。命令に従って動くだけのものです」
「核があるはずです」
エリシアが言いながら、すでに別の死体の頭部を確認していた。
「ゴーレムには命令を保持する核が必要です」
ルーシェンがナイフを取り出した。
死体の頭部に当てた。切り開き始めた。
「……」
ヴィルヘルムの護衛の戦士の一人が、目を逸らした。もう一人が顔を歪めた。ヴィルヘルム自身も、顎が少し動いた。
ガイウスは腕を組んだまま、平然と見ていた。
ルーシェンの手が血まみれになりながら頭の中を探って、小さな石のようなものを取り出した。
「これです」
ルーシェンは立ち上がって、石を光にかざした。
「命令が刻まれた核。これがゴーレムを動かしていたものですね」
「読めるのか」
ヴィルヘルムが石を覗き込むが何も分からなかった。
「少し時間をください」
ルーシェンは石を手のひらに乗せて、目を閉じた。エリシアが横に並んで、石に視線を当てていた。
しばらくして、ルーシェンの眉が動いた。
「三つの命令が読み取れます」
ルーシェンは目を開けた。
「一つ目、人々を無差別に襲うこと。二つ目、人々が王都中央の大通りや広場に逃げる動きは妨げないこと。三つ目——神官、聖騎士、そして天使が現れれば、そちらを優先的に攻撃すること」
沈黙があった。
「人を襲うのはわかる」
ヴィルヘルムが言った。腕を組んで、目が鋭かった。
「しかし逃げる方向を誘導している。中央の大通りや広場に向かわせる理由が何かある」
「そして天使の存在を前提にしている」
ルーシェンも懸念を述べる。
「天使が現れることを、命令を刻んだ者は知っていた。あるいは確信していた」
「天使が来ることも仕掛けの内……ということか」
ヴィルヘルムが僅かに顔を歪めながら言った。
「人が中央に集まり、ゴーレムが迫り——そこに天使と聖騎士が現れる」ガイウスが静かに言った。その目が、老木のように落ち着いていた。
「人が絶望の中で救われる舞台を作ろうとしている」
エリシアが核を指さした。
「この石の素材は通常の付与魔法に使われるものではありません。かなり特殊な材質です。これを用意できる者は限られます」
「榊さんと合流しなければ」
ルーシェンが言った。イヤリングに触れた。
「榊さん、聞こえますか」
4 ???の独白
影の中に、声があった。
役者が揃った。
第三の王子と第四の王子が帰ってきた。王城に知恵者が集まり、街に対策の声が広がり、薬の調合が進んでいる。なんと愛らしい抵抗だろう。雨の前に傘を探す子供のようだ。
傘は役に立たない。
これは嵐ではなく、洪水なのだから。
水は低いところに流れる。人の心も同じだ。恐怖は低いところに集まり、そこで渦を巻く。私はその渦を作っただけに過ぎない。あとは自然に回る。
美しい夜が来る。
炎が上がり、声が飛び交い、人が人を踏みにじる。その混沌の中で救いの手が差し伸べられる。白く輝く手が。
そして人々は学ぶ。誰が自分を救ったかを。
幕を開けよう。
今宵の劇場は、王都全体だ。
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王城からの通達
王城が発する公式な告知であり、国の方針や新たな決定事項を市民へ周知するための手段。
内容は大通りに設置された掲示板をはじめ、主要な商店や冒険者ギルドなどにも張り出される。
さらに、伝達鷹によって各地へ迅速に運ばれるため、都市全体へ短時間で情報が行き渡る仕組みとなっている。




