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お疲れ様でした。

 あの地獄の尋問の夜から数日が経った。

 結愛は義母さんの強烈な一撃と言う名の言葉の暴力と物理的な父の連行にすっかりペースを崩し、結局あの日は顔を真っ赤にして自分の部屋へと逃げ帰っていった。


 俺は九死に一生を得た思いで、その後のテスト期間を文字通り死に物狂いで駆け抜けた。


 そして、今日。

 キーンコーンカーンコーン。

 夏休み前の中間テスト最終日、最後の科目の終了を告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。


 「……終わったぁぁぁっ!」

 教室のあちこちから、歓喜と絶望と深い安堵の入り混じった雄叫びが上がる。

 俺はシャーペンを机に置き、背もたれに深く寄りかかって天井を仰いだ。


 やりきった。

 特に雪乃宮さんにしごかれた現代文は、まるでパズルのピースがはまるように答えが導き出せた。


 物理も完璧だ。ヤングの実験の明線条件もばっちり書けた。

 俺の視界は、梅雨明けの青空のように澄み渡っていた。


 「お疲れ様、湊くん!」

 前の席から、パッと花が咲いたような笑顔で美咲ちゃんが振り返った。


「お疲れ、美咲ちゃん。どうだった?」

「うーん、日本史はバッチリだけど、数学がちょっと怪しいかも。でも、なんとか赤点は回避できてるはず!」

 彼女はえへへと笑う。

 その眩しい笑顔を見ているだけで、テストの疲労が浄化されていくようだ。


 平和だ。

 数日前の夜、電話越しに結愛に腹筋をくすぐられて変な声を出した時の緊迫感など微塵も感じさせない。

 俺は心の中で平和の神に感謝した。

 しかし、教室には勝者ばかりではない。


「……」

 ふと横を見ると、窓際の席に一つの『抜け殻』が転がっていた。

 健太だ。

 彼は机に突っ伏したまま、ピクリとも動かない。

 その口からは、魂のような白い煙が出ている錯覚すら覚える。


 「おい、健太。生きてるか?」

 俺が肩を揺さぶると、彼はゆっくりと、まるでゾンビのように顔を上げた。

 目の下にはくっきりとクマができている。


「……み、なと……光合成は……明反応と暗反応があって……カルビン・ベンソン回路が……」

「もう生物のテストは昨日終わったぞ」

「……英語の並び替え問題……動詞が……動詞がどこにも見当たらなかったんだ……」

 完全にバグっている。


 スマホ解約の危機が、彼から人間らしさを奪ってしまったらしい。


 「まあまあ、健太くん!終わったことは気にしない!」

 美咲ちゃんがポンと健太の肩を叩く。

「そうそう。結果が出るまではシュレディンガーの赤点だ。箱を開けるまでは生きてるし死んでる」


 俺の適当な慰めに、健太はうめき声を上げて再び机に突っ伏した。

 教室の空気はすでに「テスト終了」から「放課後どこ行く?」という夏の熱気を帯びたものにシフトし始めている。


 黒板の横に掲示されたカレンダー。

 あと少しで、長い長い夏休みがやってくる。

 部活もバイトもない俺にとって、圧倒的なまでの自由な時間。


 でも今年は、ただ天井のシミを数えるだけの虚無な休日にはならない気がしていた。

 「ねえ、二人とも」

 美咲ちゃんが俺と健太の顔を交互に見て、嬉しそうに提案した。

「テストお疲れ様会、しよっか!どこか打ち上げ行こうよ!」

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