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シャットダウン

 俺は自室の机に向かいひたすら現代文のテキストと格闘していた。

 雪乃宮さんに教わった論理パズルとやらの解き方を忘れないうちに定着させなければならない。


 時計の針は夜の十一時を回っていた。

 コンコン。

 ノックの音がして返事をする前にドアが開く。

「湊くん、ちょっと休憩しなよ」


 結愛だった。

 手には何も持っていない。ただ俺の勉強を強制終了させに来たらしい。

「いや、今いいところだから。この段落の対比構造を……」

 俺はシャーペンを握ったままテキストから目を離さずに答えた。

「だーめ。根詰めすぎは脳によくないよ」

 彼女は俺の背後に回り込みいきなり俺の脇の下に手を入れて抱え上げようとした。

「わぉっ、ちょっと待て!」

 俺は抵抗して机の端を掴んだ。

 男の意地だ。いくら姉とはいえ女子の力に負けるわけにはいかない。


 だが。

「ほら、立って」

「えっ、うわっ!?」

 嘘だろ。

 信じられないほどの力で俺の体は椅子からあっさりと引き剥がされた。

 そのままベッドの方へと押し倒される。

 抵抗する暇すらなかった。

 美容と健康に気を遣っているこの細い体のどこに、こんな腕力が隠されているんだ。


 仰向けに倒れ込んだ俺の上に結愛が馬乗りになるような形で覆い被さってきた。

「な、なにするんだよ結愛!」

 俺が抗議の声を上げる。

 しかし彼女は何も答えない。

 ただ静かに俺の首元へと顔を近づけてきた。

「……っ」

 近い。

 あまりにも近い。

 彼女のサラサラとした髪が俺の頬をくすぐる。

「は、離れろよ」

 吐息が直接首筋にかかり全身の産毛が逆立つような感覚に襲われた。


 ドクン、ドクン。

 俺の心臓が警鐘を鳴らしている。

 義理とはいえ姉弟だ。こんな距離感は絶対におかしい。

 でも彼女の甘いシャンプーの匂いと女の子特有の柔らかい体温が俺の思考をショートさせていく。

「結愛、あのさ……」

 俺がしどろもどろになりながら声をかけようとしたその瞬間。


 彼女の顔がスッと離れた。

 そして俺を見下ろすその瞳はさっきまでの優しい姉のものではなかった。


「……湊くん」

 氷のように冷たくそしてひどく甘い声。

「友達と勉強してたって言ってたよね」

「あ、ああ。そうだけど」


 嫌な予感がした。

 彼女は俺のワイシャツの襟元を指先でツンと突いた。

「湊くんから、知らない女の子の匂いがする」

「……は?」

 俺の心臓が今度は別の意味で激しく跳ね上がった。

「フローラル系の……結構高そうなシャンプーの匂い。それに少しだけ制汗剤の香りも混じってるかな」


 彼女の鼻はどうなっているんだ。

 警察犬か。

 確かに帰り道の暗い廊下で雪乃宮さんと何度も肩や背中がぶつかった。

 あの一瞬の接触で匂いが移っていたというのか。


「男友達と勉強してたんだよね?」

 結愛はにっこりと笑った。

 目は全く笑っていない。完全に獲物を追い詰める捕食者の顔だ。

「どこの誰と、そんなに密着して勉強してたのかな?」

 俺はベッドの上に釘付けにされたまま、完全に言葉を失っていた。

 国語の論理パズルよりもはるかに難解で致命的な問題が今、俺の首元に突きつけられていた。

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