招待状
キーンコーンカーンコーン。物理の授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「よし、今日はここまでだ」
先生の言葉と共に教室の空気がふっと緩む。俺は大きく伸びをしてノートを閉じた。
ヤングの実験。数式と図解が頭の中で綺麗に繋がった感覚があり妙な達成感がある。たまには真面目に授業を受けるのも悪くない。
ペンケースを鞄にしまおうとした時だった。
「湊くん」
隣から涼やかな声が降ってきた。雪乃宮怜だ。彼女はすでに完璧な所作で荷物をまとめ終え俺をじっと見つめていた。
「あ、お疲れ。今日の授業結構ハードだったな」
俺が当たり障りのない感想を述べると彼女は小さく頷いた。
「そうね。でも本番はこれからよ」
「これから?」
「ええ。もしこの後特に急ぎの用事がないなら……」
彼女は長い黒髪をサラリと揺らし言葉を区切った。
「私と一緒に勉強していかない?」
「……へ?」
俺は間抜けな声を出してしまった。雪乃宮怜から放課後の勉強のお誘い。学年トップクラスの才女であり高嶺の花である彼女がなぜ俺みたいな平凡なモブキャラを?
「あ、いや……」
俺は咄嗟に断ろうとした。一緒に勉強するのは魅力的だが彼女のペースについていける気がしない。それに周りの目も気になりすぎる。美咲ちゃんに知られたらまた嫉妬の炎が燃え上がるかもしれない。
「俺、一人で地道にやるタイプっていうか……それに雪乃宮さんの足手まといになりそうだし……」
適当な言い訳を並べて逃げを打とうとした。
しかし。
「……ふーん」
雪乃宮さんは少しだけ目を細め悪戯っぽく口角を上げた。
「私が誰かを勉強に誘うのなんて稀なのよ?」
その一言が俺の胸にスコンと音を立てて収まった。
『稀なのよ?』
つまり俺は特別扱いされているということか。いつも一人で完璧に物事をこなす彼女がわざわざ俺を選んで声をかけてくれた。
そう考えると男としての自尊心が妙にくすぐられる。断るのがひどく勿体ないことのように思えてきた。
「……マジで?」
「マジよ。私、教えるのって自分の復習にもなるから好きなんだけど相手は誰でもいいわけじゃないの」
彼女は俺の目を見てはっきりと告げた。
「湊くんはちゃんと『理屈』を理解しようとするから。教えていて張り合いがありそうだし」
そこまで言われて断れる男がいるだろうか。いや、いない。
「……わかった。じゃあお手柔らかに頼むよ雪乃宮先生」
俺が降参してそう言うと彼女はパッと花が咲いたように微笑んだ。
「ええ、任せて。みっちり鍛えてあげる」
俺たちは連れ立って教室を出た。向かう先は冷房の効いた図書室かそれともどこかの空き教室か。健太たちの「光合成」には負けていられない。俺のテスト勉強は学年最強のスパルタコーチを迎え予想外の形でスタートを切ることになった。




