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淑女と武神の二面性

 「……俺には美咲ちゃんがいるじゃないか」

 天井を見つめていた俺は、ガバッと起き上がった。

 最近の生活が輝いていたのは、間違いなく彼女のおかげだ。

 彼女となら何もなくても楽しい。ウィンドウショッピングだってできる。


 俺は一縷の望みをかけて、美咲ちゃんにLINEを送った。

 『今日、暇?』

 既読はすぐに付いた。

『ごめんね^^;今日は中学の時の友達とカラオケに行く約束があるの! また今度遊ぼうね!』

 ウサギが謝っている可愛いスタンプがついている。

「……そうですよねー」

 俺はスマホを放り投げ、再びソファに沈んだ。


 彼女には彼女の生活がある。友達も多いし、俺みたいに休日に天井のシミを数えているような人間とは違うのだ。

「はぁ……顔でも洗って目を覚ますか」

 俺は洗面台へと向かった。

 蛇口をひねり、冷たい水でバシャバシャと顔を洗う。

 タオルで水気を拭き取り、鏡を見た。

 「……ん?」

 違和感があった。

 俺の左頬。昨日の喧嘩で殴られたあたりに、一枚の絆創膏が綺麗に貼られていたのだ。

 キャラクターものではない、シンプルなベージュ色のもの。

「あれ……? 俺、いつ貼ったっけ?」

 記憶を辿る。

 昨日は灰と別れて、震えながら帰宅して、結愛にブレザーの言い訳をして……。

 そこから先の記憶が、プツリと途切れている。

「……すぐ寝たんだよな?」

 自分で貼った覚えはない。

 じゃあ、誰が?

 結愛か? 父さんか? 義母さんか?

 俺が寝ている間に、誰かが俺の顔に触れ、傷の手当てをしたということになる。

「……ゾッとするわ」

 背筋に冷たいものが走った。

 優しさと言えば優しさだが、意識がない間に誰かが部屋に入ってきたという事実は、なんとも言えない不気味さがあった。


 ぐぅ〜……

 恐怖を感じたのも束の間、腹の虫が盛大に鳴いた。

 そういえば、昨日の夜から何も食べていない。

 背筋の寒さよりも、胃袋の空虚さの方が緊急事態だ。

 俺はキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。

 「……おお」

 そこには、ラップのかかった大皿が鎮座していた。

 黄金色に輝くパラパラのチャーハン。

 そして、きつね色に焦げ目のついた、肉厚な手作り餃子。

 電子レンジで温める前から、ごま油とニンニクの食欲をそそる香りが漂ってくるようだ。

 「結愛……じゃないな」

 あいつは最近美容と健康にうるさい。

 油を極力使いたがらないし、キッチンが汚れるのを嫌うから、こんな豪快な炒め物はまず作らない。

 となると、犯人は一人しかいない。

 

 「……義母さんか」

 俺の新しい母親。

 父さんの再婚相手であり、結愛の実母。

 彼女は一言で言えば「大和撫子」だ。

 おっとりとしていて声も小さく、歩く時も音を立てない。

 そして何より、異常なほど若い。


 父さんとの年齢差は一回りどころではない。正直、俺たちと歩いていても姉弟に間違われるレベルだ。

「言っちゃ悪いけど、父さんには勿体ないよなぁ……」

 そんな清楚で可憐な義母さんだが、キッチンに立つと豹変する。

 『火力こそ正義ですわ』

 以前、彼女が料理している姿を見たことがある。

 家庭用のコンロでは満足できず、業務用の高火力バーナーに改造されたキッチンで、片手では持てないような重い中華鍋を軽々と振るっていたのだ。

 カンッ! カンッ! ゴォォォ!!


 立ち上る炎。舞い踊る米粒。

 その姿は、可憐な主婦などではなく、戦場に立つ「武人」そのものだった。

 普段の儚げな微笑みとは裏腹に、彼女の作る料理はガッツリ系の中華がメイン。

「男の子は、これくらい油が回っていないと力が出ませんものね」

 そう言って出される料理は、悔しいほどに美味いのだ。

 「……いただきます」

 俺はチャーハンと餃子を温め、一人でテーブルについた。

 一口食べると、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。

「うめぇ……」

 絆創膏の謎も、美咲ちゃんに振られた悲しみも、この圧倒的なカロリーの前では些細なことに思えた。

 俺は武人が残した戦果を、夢中で胃袋にかき込んだ。

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