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空っぽのスケジュール帳

 目が覚めると、カーテンの隙間から真昼に近い太陽の光が差し込んでいた。

 休日の遅い朝だ。

 俺はベッドの上で大きく伸びをし、昨夜のヒヤリとした記憶を反芻した。


 『……あれ? 湊くん、ブレザーは?』


 昨夜、玄関を開けた瞬間の結愛の第一声だ。

 ワイシャツ一枚でガタガタ震えて帰ってきた俺を見て、彼女の目は獲物を狙う鷹のように鋭く光った。

『あー……学校に忘れてきた』

 俺は必死にポーカーフェイスを保った。

『今日暑かったからさ、ロッカーに入れたまま帰ってきちゃったんだよ。ほら、汗臭くなるし』

『ふーん……』

 彼女は俺のシャツの袖口(少し汚れている)や、乱れた襟元をじっと観察し、数秒の沈黙の後、ニッコリと笑った。

『そっか。汗臭いのは嫌だもんね。……来週、ちゃんと持って帰ってきてね?』

『あ、ああ。もちろん』

 嘘はバレていない……はずだ。

 いや、バレていても見逃されただけかもしれない。

 どちらにせよ、最大の危機は去った。

 俺は安堵のため息をつき、枕に顔を埋めた。


 リビングに降りると、予想通り誰の姿もなかった。

 父さんと義母さんは仕事だ。あの二人は休日だろうと関係なく働いている。


 結愛もいない。書き置きはないが、まあ、あいつも「新しい仕事」とかで忙しいんだろう。

 「……暇だ」

 俺はソファに寝転がり、天井を見上げた。

 今日は休みだ。学校はない。

 じゃあ、何をする?

 答えは「何もない」だ。


 部活? 入っていない。

 入学当初はいくつか体験入部に行ったが、「めんどくさい」「先輩との上下関係がだるい」という理由で、結局どこにも籍を置かなかった。


 バイト? していない。

 接客業は怖いし、責任とか負わされるのも嫌だ。昨日の俺なら「知るかバーカ!」で乗り切れたかもしれないが、素の俺はただのヘタレだ。


 趣味?

 ……特にない。

 ゲームは好きだが、健太みたいに徹夜でランクマを回すほどの情熱はない。

 読書もするが、美咲ちゃんみたいに物語の世界に没頭できるほど感受性が豊かでもない。

 

 「……俺って、空っぽだな」


 独り言が、広いリビングに吸い込まれていく。

 昨日はあんなにドラマチックだった。

 不良との喧嘩、少女の救出、夜の公園での語らい。

 まるで主人公になったような気分だった。


 でも、あれは非日常のスパイスが効いていただけだ。

 それがなくなれば、俺に残るのは「何もない」という現実だけ。


 以前なら、休日は結愛とダラダラ過ごしていた。

 一緒にテレビを見て、くだらない話をして、たまにパシリにされて。

 でも今は、その「当たり前」も歪んでしまった。

 彼女は優しかったり、冷たかったり、監視していたりと忙しい。

 以前のような、何の緊張感もない姉弟の時間は、もう戻ってこないのかもしれない。


 「……虚しい」

 俺はリモコンを手に取り、適当にテレビをつけた。

 バラエティ番組の笑い声が、余計に部屋の静けさを際立たせる。

 外はいい天気だ。

 誰かと遊びに行く?

 健太は昨日の怪我で寝込んでるかもしれない。

 美咲ちゃんは……デートしたばかりだし、今日は家族と過ごすと言っていた気がする。

 灰は、川にでも行って洗濯中だろう。


 俺はスマホを握りしめたまま、画面をオンオフ繰り返した。

 誰からも連絡はない。

 この広すぎる家で、俺は時間という名の砂漠の真ん中にポツンと取り残されていた。

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