起死回生の失言
「……ってかさ、優等生くん」
ひとしきり笑った後、灰がブランコに揺られながら、ニヤニヤと俺の顔を覗き込んできた。
「ん? なんだよ」
「さっきからナチュラルに『灰』って名前で呼んでるよね?」
「……えっ?」
俺は硬直した。
記憶を巻き戻す。
『灰が今まで真剣に悩んでた……』
『灰の悩みは本物だ、灰……』
言ってる。
ガッツリ言ってる。
しかも呼び捨てだ。初対面の、しかも他校の相手に。
「あ、いや! その、名前の話をしてたから、つい流れで……!」
俺はカァーッと顔が熱くなるのを感じた。
「へぇ〜、流れねぇ〜」
彼女は楽しそうに目を細め、ブランコから降りて俺に近づいてきた。
「初対面の人をいきなり名前呼びなんて、君も隅に置けませんなぁ〜。優等生の皮を被った天然タラシってやつ?」
「ち、違うって! 誤解だ!」
「ふふっ、顔真っ赤だよ? 図星?」
彼女は悪戯っぽく俺の顔を下から覗き込む。
近い。
さっきまで泣いていたとは思えないほど、今の彼女の瞳は生き生きとしている。
「か、勘違いすんなよ!」
俺はこの劣勢を覆そうと、必死に言葉を探した。
俺はチャラい男でも、女慣れしてるわけでもない。
ただの誠実で、ちょっとうっかりした男子高校生だということを証明しなければ。
俺はどもりながら、最大の防御カードを切った。
「お、俺、彼女いるし!!」
これで勝ったと思った。
「彼女がいるから、お前に変な気なんてない」という潔白の証明。
これで彼女も「なーんだ、つまんないの」と引くだろう。
しかし。
俺は甘かった。
灰音 灰という人物の、一度スイッチが入った時の好奇心の強さを舐めていた。
「……へぇ?」
灰の目が、車のハイビームのようにカッと見開かれた。
「彼女、いるんだ?」
「あ、ああ。……だから、その……」
「マジで!? どこの子!? ウチの高校!? それとも優等生くんと同じ学校!?」
「えっ、ちょっ……!」
彼女は引くどころか、俺のブレザーの袖を掴んでグイグイと食いついてきた。
距離がさらに縮まる。
「ねえねえ、どんな子? 可愛い? 清楚系? それともギャル系?」
「ち、近いって!」
「付き合ってどれくらい? 手は繋いだ? キスは? どこまで行ったの!?」
「バ、バカ! 声がデカい!」
彼女のテンションは天井知らずだ。
さっきまでの「性別の悩み」なんてどこへやら、今は完全に「恋バナに飢えた高校生(中身は男子中学生レベル)」と化している。
「ねえ教えてよー! 『知るかバーカ!』って言えるくらいの彼女なんでしょー!?」
「うわあああ! 言わなきゃよかった!!」
俺は頭を抱えた。
墓穴を掘った。
自らガソリンを投下してしまった。
「ねえねえ、名前は? 写真ないの? 待ち受けとかにしてないの?」
「プライバシーの侵害だ!」
「ケチ! 減るもんじゃないじゃん!」
「減るわ! 俺の精神力が!」
夜の公園に俺の悲鳴と彼女の笑い声が響き渡る。
この青いシャツの少女は俺が思っていたよりもずっとタフで、そして面倒くさい性格をしていたらしい。
俺は後悔しながらも、彼女がこんな風に笑えるようになったことに、心のどこかで安堵していた。
……いや、やっぱ前言撤回。
質問攻めがウザすぎて、安堵してる余裕なんてなかった。




