一撃
「……ちっ、調子に乗るなよ、クソガキどもが」
俺が腰にしがみつき、自由を奪ったリーダー格の男。
焦りの表情を一瞬浮かべた彼はすぐに歪んだ笑みを取り戻した。
彼の手がすぐそばの地面に転がっていた少女へと伸びた。
「ガッ……!」
「――ッ!?」
男は少女の長い髪を乱暴に鷲掴みにし、強引に引き寄せた。
俺の体ごとだ。
「動くな! 動いたらこいつの顔、アスファルトで削り下ろすぞ!」
男が叫ぶ。
少女の首が不自然な角度に曲がり、猿轡の下から悲鳴にならない嗚咽が漏れる。
人質だ。
卑劣すぎる。
俺の動きが止まった。
「……っ」
俺は男の腰から手を離すことも、さらに押し込むこともできずに硬直した。
ここで俺が動けば、あるいは健太が殴りかかれば、この男は迷わず少女を傷つけるだろう。
その目には、追い詰められた獣特有の凶暴な色が宿っていた。
「へへっ、どうした? さっきまでの勢いは……」
男が勝ち誇ったように笑った。
俺は唇を噛み締めた。どうする? どうすればいい?
正攻法じゃダメだ。この状況を打開するには――。
「……おい」
健太だ。
彼は足を止めず、ゆっくりと男に向かって歩いていた。
その目は虚ろで、人質に取られた少女のことなど見えていないかのようだった。
「おい待て! 聞こえねえのか! こいつがどうなっても……」
男が声を荒らげる。
しかし、健太は歩みを止めない。
そして、無感情な声で吐き捨てた。
「知るか。……俺のタイプじゃないんだよ!」
「は?」
男が呆気にとられた、その瞬間。
健太の右足が、閃光のように跳ね上がった。
狙いは顔面でも腹でもない。
男にとって、生物として最も無防備で、最も致命的な一点。
ドゴォッ!!
鈍く、そして重い衝撃音が路地裏に響き渡った。
「――ッ、ぶぎぃいいいい!!!」
男の目が限界まで見開かれ、口から空気が漏れるような奇声が上がった。
股間への容赦ない蹴り上げ。
男の脳内から「人質」という概念が消え飛び、代わりに「激痛」という情報だけで埋め尽くされた瞬間だった。
「……が、あ……」
男の手から力が抜ける。
少女の髪が解放され、彼女はその場に崩れ落ちた。
リーダー格の男は泡を吹きながら、エビのように丸まって悶絶している。
再起不能だ。
「……うわぁ」
俺は思わず股間を押さえて後ずさりした。
男として、見ているだけで痛い。
あまりにも非道で、しかしあまりにも効果的な一撃だった。
「……ふぅ」
健太は大きく息を吐き、乱れた制服の襟を直した。
その目から、さっきまでの冷たい光が消え、いつもの少し疲れたような色に戻っていた。
「……おい、湊」
彼は倒れている男たちには目もくれず、俺の方を向いた。
「立てるか?」
「あ、ああ……なんとか」
俺はふらつく足で立ち上がった。
全身が痛いが、骨は折れていないようだ。
「じゃあ頼む」
健太は顎で少女を指した。
「こいつのこと、家まで送ってやれ」
「え? お前は?」
「俺は……ちょっとここで、頭冷やしてから帰るわ」
彼はポケットからアイスの棒を取り出し、地面に投げ捨てた。
「親父に見つかると面倒だしな。……ほら、早く行けよ。また起き上がってくる前に」
嘘だ。
彼は俺たちを逃がして一人で罪を被るつもりか、あるいは警察への対応をするつもりなのかもしれない。
でもその顔は「これ以上聞くな」と語っていた。
俺は唇を噛み、頷いた。
「……わかった。後で連絡する」
「おう。……気をつけてな」
俺は震えている青いシャツの少女に駆け寄り、その肩を抱き起こした。
「……立てるか? 行こう」
少女はまだ恐怖でガタガタと震えていたが、俺の顔を見るとコクンと小さく頷いた。
俺たちは背後の健太を残し、夕闇の迫る路地裏から駆け出した。




