現実を直視
俺と健太は、息を潜めて物陰からその光景を覗き込んだ。
そこはコンビニのゴミ集積所の裏手、さらに奥まった袋小路だった。
湿った空気と、腐ったゴミの臭い。
そこにいたのは、俺たちの高校の生徒ではない。
淡い青色のシャツを着た、東岸高校の男子生徒三人。
そして壁際に追い詰められている、同じく青いシャツの少女だった。
「……おい、黙ってねえでなんか言えよ」
リーダー格らしき大柄な男が、少女の肩を小突いた。
「テメェさぁ、なんで女のクセにズボンなんか履いてんだよ? 校則違反じゃねえのか?」
「……」
少女は睨みつけているが、声は発していない。
「チッ。こいつ、マジで可愛げねえな」
「てかさ、こいつ男とばっかつるんでるじゃん。自分が男だとでも思ってんの?」
取り巻きの男が、少女の髪を乱暴に鷲掴みにした。
「男の格好して、女侍らせて……そのくせ、顔はこんなに女みたいでさぁ」
男の手が、少女の頬から首筋へと這う。
「俺たち男をイライラさせてるって自覚、あんのかよ?」
「……ッ、触んな!」
少女が手を振り払おうとするが、三人に囲まれて逃げ場はない。。
歪んでいる。
理不尽な言いがかりと、暴力的な支配欲が、この狭い空間に充満していた。
次の瞬間、空気が凍りついた。
「生意気なんだよ、テメェは!!」
ビリッ!!
乾いた音が響いた。
リーダー格の男が、少女のシャツの胸元を乱暴に掴み、左右に引き裂いたのだ。
「……ッ!!」
ボタンが弾け飛び、アスファルトに転がる。
白い肌と、さらしのようなインナーが露わになる。
少女が悲鳴を上げようとした瞬間、別の男が後ろから羽交い締めにした。
「うるせぇ!」
汚れたハンカチが、強引に少女の口にねじ込まれる。
「んっ、んーっ!!」
猿轡だ。
声にならない叫び。
恐怖で見開かれた瞳から、涙が溢れ出る。
「へへっ、やっぱ予想通りいい身体してんじゃん」
「俺にも確認させてくれよ。下も男もん履いてんのか?」
男の手が、少女のスラックスのベルトに伸びる。
スルスルとバックルが緩められ、その手が下着へと――。
俺は見ていた。
健太も見ていた。
あまりにも非現実的な光景だった。
映画やドラマの中の出来事のようで、脳が情報の処理を拒絶していた。
ここは日本で、今は放課後で、俺たちはさっきまでアイスを食べていたはずだ。
こんな犯罪まがいの行為が、日常のすぐ裏側で行われているなんて。
だが。
「……んんーっ!!」
少女の絶望的な呻き声が、俺の鼓膜を震わせた瞬間。
パチン、と何かが弾けた。
これは現実だ。
今、目の前で一人の人間が尊厳を踏みにじられようとしている。
恐怖? 関わるなという警告?
そんなものは、少女の涙の前ではクソの役にも立たなかった。
俺が動こうとした時、隣の健太も既に地面を蹴っていた。
彼もまた、暴力を知っている人間だ。
理不尽な力への怒りは、俺よりも深い場所にあったのかもしれない。
「――おい!!」
俺たちは物陰から飛び出した。
「何やってんだ、テメェら!!」
俺と健太は、全速力で男たちの間へと割って入った。
俺はリーダー格の男を突き飛ばし、健太は女の子を羽交い締めにしていた男の腕を強引に解いた。
「……は?」
突然の乱入者に、男たちの動きが止まる。
「なんだテメェら……?」
「あ? どこの学校だ?」
俺は少女を背に庇い、震える足を必死に踏ん張って男たちを睨みつけた。
心臓が早鐘を打っている。
アイスの甘さはもうどこにもない。
口の中に広がるのは、鉄錆のような血の味と、焼け付くような怒りだけだった。
「……そこまでだ。警察、呼ぶぞ」
俺の声は震えていたかもしれない。
でも、もう後戻りはできない。
俺たちは「関わらない」という安全圏を捨て、泥沼の戦場へと足を踏み入れたのだ。




