餌付け
「あー、あっちぃ……校長の話が長すぎて干からびるかと思ったわ」
「まったくだ。なんで校長の話って、あんなに眠くなる周波数なんだろうな」
学校からの帰り道。
俺と健太は、学校から少し離れたコンビニの脇にある駐輪場スペースに座り込んでいた。
アスファルトの照り返しが厳しいが、ここなら日陰になっている。
俺たちの手には、夏場の命である水ならぬ「命の氷」が握られていた。
健太が選んだのは、王道のソーダ味のアイスキャンディー。ガリガリと豪快にかじる音が、夏の到来を告げている。
対して俺が選んだのは、餅みたいなやつで包まれたバニラアイスが二つ入っている、まぁ……餅のようなアイスだ。
付属のピンク色のピックを刺し、もちもちとした感触を楽しみながら口に運ぶ。
「……ん、美味い」
冷たさと甘さが、集会で疲弊した脳に染み渡る。
「いいなぁ、湊。それ、一個くれよ」
健太がアイスキャンディーを口にくわえたまま、冗談めかして言った。
俺のアイスは二個入りだ。
彼としては「どうせ断られるだろうけど、言ってみただけ」くらいの軽いノリだったのだろう。
だが、今の俺は機嫌が良かった。
結愛との関係も良好、美咲ちゃんとも順調。
心に余裕がある俺は、何の迷いもなく二個目の餅アイスにピックを突き刺した。
「ほらよ」
俺はそのまま手を伸ばし、健太の顔の前にアイスを差し出した。
「……は?」
健太の動きが止まった。
口からアイスキャンディーを取り出し、ぽかんと口を開けて俺と、目の前の白い物体を交互に見ている。
「え、マジで? お前、くれんの?」
「ああ。食べたかったんだろ?」
「いや、そうだけど……普通、断るだろ!?『自分で買えよ』とか言って」
「減るもんじゃなし。ほら、溶けるぞ」
「いや、減るよ……」
俺はピックをさらに顔に近づけた。
健太は驚いたように目を瞬かせ、それからなぜか急に視線を泳がせ始めた。
「……いらないのか?」
俺が不思議に思って引っ込めようとすると、彼は慌てて「く、食うよ!」と叫んだ。
パクッ。
健太は俺の手からピックを受け取ることなく、そのまま顔を近づけ、餅アイスにかぶりついた。
いわゆる「あーん」の状態だ。
柔らかい餅が彼の口の中に吸い込まれていく。
「……んぐ、うめぇ」
彼はモグモグと咀嚼しながら、なぜか耳まで赤くしている。んだこいつ。
夕日のせいか?
それとも、知覚過敏で冷たさが染みたのか?
俺は空になったピックを見つめ、冷静にツッコミを入れた。
「……いや、ピックくらい持てよ」
「あっ」
健太はハッとして、自分の手を見た。
右手には溶けかけたアイスキャンディー。左手は空いている。
「た、確かに……」
「なんで俺に食べさせてもらってんだよ。もう介護か?」
「うっせ! 勢いだよ勢い! ……サンキュな」
彼はバツが悪そうにそっぽを向き、自分のアイスキャンディーをガリッとかじった。
「……へへっ、なんかお前、たまにすげー優しいよな」
「たまにかよ」
俺たちは笑い合った。
セミの鳴き声。
溶けていくアイス。
男二人で何やってんだか、という気恥ずかしさと、確かな友情の温度。
校長の警告なんて、遠い世界の出来事のように思えた。
「さて、そろそろ行くか」
俺がゴミを捨てようと立ち上がった、その時だった。
『……離せよ!』
『うるせぇな、ちょっとツラ貸せって言ってんだろ!』
コンビニの裏手、さらに奥の路地から、怒鳴り声と何かがぶつかる鈍い音が聞こえた。
「……ん?」
健太も表情を硬くし、立ち上がった。
「なんだ今の音……喧嘩か?」
「……かもしれねぇな」
関わるな。
校長の言葉が脳裏をよぎる。
ここですぐに立ち去るのが正解だ。
だが、その後に聞こえた声が、俺の足を縫い止めた。
『――ッ! 触んな!』
高く、鋭い、そして切羽詰まった声。
聞き覚えがあった。
昨日の朝、俺を睨みつけたあの少女の声だ。
「……おい湊、今のってさ」
健太が俺を見た。
「へへ、人狩りいこうぜ!」
健太はゴミ箱に袋を投げ捨て、声のした方へと走り出していた。
「おい待てよ! ヤバいって!」
俺の制止も聞かず、「関わらない」という誓いを、アイスが溶けるよりも早く破り捨てていた。




