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記憶定着のメソッド

「……随分と居心地が悪そうね」

 教科書を開いたまま固まっている俺に、雪乃宮さんが唐突に話しかけてきた。

 視線は何も書かれていない黒板に向けられたままだ。

「え? あ、いや……その」

「私の隣だから? それとも、私が『歩く六法全書』か『物理演算エンジン』みたいに見えるから?」

「……っ」

 図星だった。

 体育祭での選手宣誓。

 あの長文で理屈っぽい、前代未聞の宣誓は全校生徒の度肝を抜いた。

 それ以来、彼女には「論理の塊」というイメージが定着していたのだ。


「正直に言うと……うん。もっとこう、堅苦しい人なのかと思ってた」

 俺が恐る恐る答えると、彼女はふっと口元を緩めた。

「意外? 普通に喋るのが」

「ああ。体育祭の時とは全然違うなって。あの時はもっとこう……ロボットみたいだったから」

「ふふ、ロボット」

 彼女は楽しそうにクスクスと笑った。

 その笑顔は、年相応の少女のもので、俺の抱いていた「氷の女王」のイメージを軽々と粉砕した。


「あれはね、そういう『サービス』よ」

 彼女は頬杖をつき、シャーペンを回しながら言った。

「サービス?」

「そう。だって、普通の選手宣誓なんてつまらないじゃない?それに、誰も覚えてないでしょ?」

 彼女は流暢に語り出した。

「『正々堂々と戦うことを誓います』。……美しい言葉だけど、それはただの定型文。脳はそれを『ノイズ』として処理して、記憶の彼方に捨ててしまうわ」

 彼女はこちらを向き、悪戯っぽく瞳を輝かせた。

「せっかく代表に選ばれたのよ? 誰かの記憶に残らなきゃ、やる意味がないじゃない」

「……え、じゃああの理屈っぽい喋り方は……」

「演技。演出。パフォーマンス」

 彼女は指を三本立てて、一つずつ折りながら言った。

「違和感を与えることで、聴衆の意識をフックするの。心理学で言う『初頭効果』と『新奇性効果』の応用ね。……どう? 現に貴方は、数ヶ月経っても私の宣誓を覚えていた」


 彼女は満足そうに微笑んだ。

「つまりは、作戦成功ってわけ」


 俺は呆気に取られた。

 あのガチガチの理系女子ムーブが、すべて計算尽くの演技だったとは。ん?結局は理系ムーブなのには変わりないのか。

「すげぇな……そこまで考えてたのか」

「当然よ。人間は忘れる生き物だもの。だからこそ、どうやって楔を打ち込むか。それを考えるのが楽しいの」

 彼女は楽しそうに、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように語る。

「物理も同じよ。公式を丸暗記するんじゃなくて、なぜその現象が起きるのか、その理を理解すれば忘れない。……貴方もそう思うでしょ?」


 一方的だ。

 マシンガントークというわけではないが、彼女の知的好奇心と承認欲求が、静かな口調の中に溢れ出している。

「あ、ああ……そうだな。理屈がわかれば面白いよな」

 俺が相槌を打つと、彼女は嬉しそうに目を細めた。

「よかった。話が通じる人で」

 チャイムが鳴り、物理の先生が入ってくる。

 彼女は瞬時に表情を引き締め、再び「クールな優等生」の仮面を被った。

「……授業、始まるわよ」

 小声でそう囁き、彼女は黒板に向き直った。


(全然、イメージと違う……)

 論理的なのは間違いない。

 でも、それは冷徹なものではなく、もっと人間臭くて、計算高くて、そしてどこか可愛らしい「知性」だった。

 隣でノートを取り始めた彼女の横顔を見ながら、俺はこの意外な隣人との時間に、少しだけ胸を高鳴らせていた。

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