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サイダー色の放課後

 ピーッ!

 乾いた笛の音が、抜けるような青空に吸い込まれた。

「っしゃあ! 行くぞオラァ!」

「ボールは友達! 俺は恋人募集中!」

 グラウンドに散らばるビブス色の原石たち。

 今日の体育はサッカーだ。

 技術なんて二の次。戦術なんて皆無。

 あるのは「ボールを相手のゴールに叩き込む」という原始的な本能と、有り余るエネルギーの発散のみ。


「どけえぇ! 俺の進路は焼きそばロードだ!」

 ゴリがボールを持つと、フィールドの空気が変わった。

 その巨体がドスドスと地響きを立てて突進する。

「うわ、戦車が来たぞ!」

「逃げろ! 轢かれる!」

 相手チームのディフェンダーたちが、蜘蛛の子を散らすように道を開ける。

「甘い! 甘すぎるぞお前ら! ソースの甘辛さに比べればな!」

 ゴリは意味不明なことを叫びながら、無人の野を行くが如くドリブル(というより直進)していく。

「パスだゴリ! フリーだぞ!」

 サイドを駆け上がった健太が手を挙げる。

「おうよ! 受け取れ、俺の(カロリー)!」

 ゴリが豪快に右足を振り抜いた。


 ボールが空を切り裂く。

 少し回転がかかりすぎたパスは、健太の頭上を越えそうな勢いで飛んでいく。

「たっか! 無茶ぶりかよ!」

 健太が笑いながら加速する。

 ジャージの裾が風にはためく。

 太陽が彼の背中を押し、影が芝生の上を疾走する。

「いっけぇぇ健太ァ!」

 俺も大声で叫んだ。

 思考なんてない。

 家のことも、結愛のことも、勉強のことも、全部頭から消し飛んでいた。

 今、この瞬間、俺の世界には「ボール」と「走る友人」しかいなかった。


「……とりゃあッ!」

 健太が跳んだ。

 重力なんて無視するかのような、軽やかな跳躍。

 空中で体を捻り、高い打点のボールを直接右足で捉える。

 バシッ!!

 心地よい衝撃音。

 ボールは美しい放物線を描き、キーパーの手をすり抜けてネットを揺らした。


「ゴォォォォォル!!」

「うおおおお! マジかよ今の!」

「スーパープレーだ!」

 一瞬の静寂の後、グラウンドが歓声で爆発した。

「見たか湊! 俺のジャンピングボレー!」

 着地した健太が、満面の笑みで両手を広げて駆け寄ってくる。

「最高だバカ野郎!」

 俺は彼に飛びついた。

「ぐはは! 俺のアシストのおかげだな!」

 遅れて追いついたゴリも、俺たちの上から覆いかぶさってくる。

「重いって!」

「暑苦しい!」

「うるせぇ! 優勝だ!」

 もみくちゃになりながら、俺たちは芝生の上に転がり込んだ。

 泥だらけのジャージ。

 額を伝う汗。

 呼吸は荒く、喉はカラカラだ。

 でも、不思議と不快感はない。

 むしろ、体中の細胞が「生きている」と叫んでいるような、強烈な爽快感があった。


「あー、マジ疲れた……」

「水……水をくれ……」

 試合が終わり、俺たちは水道の蛇口に群がった。

 冷たい水を頭から被り、ガブガブと飲み干す。

「ぷはーっ! 生き返るぅ!」

 健太が濡れた髪をかき上げ、水滴を飛ばした。

「冷てぇよ!」

「へへん、天然のシャワーだ」

 俺たちはびしょ濡れのまま顔を見合わせ、また意味もなく笑い合った。


 チャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。

「次、移動教室だぞ! 急げ!」

「うげ、歴史かよ。眠くなるやつじゃん」

「湊、教科書貸してくれよ。忘れた」

「お前なー、毎回毎回……」


 俺たちは肩を組み、校舎へと戻っていく。

 何気ない会話。

 ふざけ合う声。

 廊下の窓から差し込む光が、埃の中をキラキラと舞っている。

 そこには何の影もなかった。

 ただ、どこまでも青く、どこまでも続きそうな、ありふれた男子高校生の日常だけが広がっていた。


 俺は隣を歩く健太を見た。

「……ナイスシュートだったな」

「だろ? 俺、才能あるかも」

 彼はニカッと白い歯を見せて笑った。

 その笑顔は、昨日の夜の乾いた笑顔とは違う、太陽の匂いがする本物の笑顔だった。

 俺も笑って自然と笑い返した。

「調子乗んなよ」

 俺たちは小走りで階段を駆け上がった。

 次のチャイムが鳴るまで、あと3分。

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