退屈な時間割
今日の時間割は、一時間目から国語、コミュニケーション英語、化学、体育。
昼休みを挟んで歴史、そして選択科目の物理というラインナップだ。
一時間目の国語。
窓から差し込む暖かな日差しと、古文の先生の念仏のような朗読が、教室に強烈な睡魔を運んでくる。
平和だ。
昨日の夜のラーメン屋での告白も、今朝の遅刻騒動も、まるで夢だったかのように、時間は穏やかに流れていた。
そして二時間目、コミュニケーション英語。
事件は起きた。
英語教師の田中先生は、黒板に長文の文法解説を書き連ねていた。
チョークのカッカッという音だけが響く静寂の中、俺の視界の端で何かが動いた。
斜め前の席の健太だ。
彼は先生が黒板の方を向いている隙を狙って、隣の席のゴリに向かって変顔を披露していた。
白目を剥き、舌を出し、ゴリラのようなパントマイムをする。
「……っ!」
ゴリが肩を震わせている。
必死に笑いを堪えているのだ。顔が茹でダコのように赤くなっている。
先生がクルッとこちらを振り返る。
シュッ。
その瞬間、健太は凄まじい反応速度で姿勢を正し、真剣な眼差しで教科書を見つめる優等生へと変貌した。
「……ん?」
先生は怪訝な顔で教室を見回すが、誰も何もしていない。
先生は再び黒板に向き直り、チョークを走らせる。
その背中へ向け、健太は再び動き出した。
今度は先生の口癖を真似たジェスチャーだ。
「ぶふっ……!」
ゴリの限界が近い。机に突っ伏して、プルプルと痙攣している。
俺もやばい。笑いそうになるのを必死で堪えて、頬の内側を噛んだ。
健太の奴、あんなふざけた真似ができるなら、やっぱり昨日のアレはただの「愚痴」で、本当に大したことなかったんじゃないか?
そんな安堵が、俺の腹筋をさらに緩ませる。
「……んぐ、ぐふふっ!」
ついに、ゴリのダムが決壊した。
静まり返った教室に、押し殺したような、でも隠しきれない噴き出し音が響く。
「――山本、高橋」
先生がゆっくりと振り返った。
その手にはチョークがへし折られて握られている。
健太はまたしても即座に澄まし顔を作っていたが、今度ばかりは遅かった。
「お前たち、何がそんなに面白いんだ? ん? 前に出て説明してみろ」
「い、いえ! Nothingです! Im studying hard!」
健太がデタラメな英語で言い訳をする。
「Stupid! ……廊下に立ってろ!」
「ええー! 俺何もしてないっすよ!」
「問答無用! 高橋もだ!」
「巻き添えだぁ……」
二人が追い出されると、教室中がドッと爆笑に包まれた。
「あいつらマジでバカだなぁ」
「ゴリ、顔真っ赤だったぞ」
クラスメイトたちが笑い合う。そこには陰湿さなど微塵もない、明るい男子高校生の日常があった。
「ふふっ」
美咲ちゃんが、クスクスと笑いながらこちらに振り返った。
「もう、健太くんったら。本当に懲りないね」
彼女の笑顔に、俺もつられて笑った。
「ああ。バカだよ、ほんと」
俺たちは目を見合わせ、肩の力が抜けるのを感じた。
(なんだ、杞憂だったか)
昨日のあの「普通」に固執する痛々しい姿はどこへやら。
今の健太は、いつものクラスのお調子者そのものだ。
親父さんが酔い潰れていたというのも本当だったのかもしれない。
俺は心配しすぎていたんだ。
美咲ちゃんの楽しそうな顔を見て、俺の胸に巣食っていた黒いモヤが、スーッと晴れていくのを感じた。




