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マイノリティの檻

「……そうだねぇ。不健全だったねぇ」

 結愛は、ゆっくりと瞬きをした。

 その動作はスローモーションのように緩慢で、それでいてひどく人工的だった。

 彼女は椅子から立ち上がると、音もなく俺のベッドの縁に腰掛けた。

 距離は近い。でも、以前のような熱気はそこにはない。

 「ねえ、湊くん。私たちってさ、戸籍上は姉弟だけど、血は繋がってないよね〜?」

 彼女は天井を見上げながら、独り言のように語り出した。

「だから生物学的にはさ、(つがい)になれるんだよ。子供だって作れるし、結婚だって、法律の抜け穴を使えばできなくはないんだよぉ?」

「ゆ、結愛……?」

「でもさ、世間はそれを『気持ち悪い』って言うんだよ」

 彼女はフワリと笑った。

「血が繋がってなくても、家族になったら恋愛しちゃいけない。それがこの世界のマジョリティだから。大多数の正義だから」

 彼女の口調は、まるで幼い子供に言い聞かせるように優しく、そして絶望的に乾いていた。

 「どんなに好きでもさ、どんなに愛してても、社会っていう大きな波には逆らえないの。私たちは、その波に揉まれて、形を整えられて、綺麗な『家族』の型に押し込められなきゃ生きていけないんだよぉ」


 結愛は視線を天井から下ろし、俺の目を覗き込んだ。

 その瞳は、深海のように光が届いていなかった。

「だから私、頑張ってるんだよ?」

「……え?」

「湊くんへの気持ちとか、触れたい欲求とか、全部殺して、コンクリートで固めて、海に沈めて……必死に普通のお姉ちゃんを演じてるの」

 彼女は自分の胸に手を当てた。

「それが、この窮屈な世界で湊くんとずっと一緒にいられる唯一の方法だからね〜」

 彼女は首を傾げ、困ったような眉をした。

「不健全なことをしたくなっちゃう自分を、毎日毎日、殺し続けてるんだよ。……偉いでしょ?」

 俺は言葉が出なかった。

 彼女がこの数日見せていた「物分かりの良さ」の正体。

 それは改心なんかじゃなかった。

 諦めと、忍耐と、自己否定の上に成り立つ、血の滲むような演技だったのだ。

「なのにさぁ、湊くんは酷いねぇ」

 彼女の声が、さらにワントーン低くなる。

「必死に我慢してる人に向かって、『お前がしてきたことは不健全だ』なんて笑うんだもん。……それってさ、自分の身のために禁酒してる人の目の前で、『お前昔アル中だったよなーw』って酒を勧めるようなもんだよ?」


 「あ、ごめんごめん。例えが悪かったかな〜」

 結愛は自分の発言を茶化すように、軽く手を振った。

 だが、その目は全く笑っていない。

「ま、とにかくさ。私はもう『そっち側』には行かないって決めたから。湊くんも安心して、美咲ちゃんと清く正しく青春してね」

 彼女は膝に手をついて立ち上がった。

「あーあ。お姉ちゃん、ちょっと疲れちゃった。……もう寝るね」

「ま、待てよ結愛! 俺はそんなつもりじゃ……!」

 俺は慌てて立ち上がり、彼女の手を掴もうとした。

 謝らなければならない。

 彼女の覚悟を、俺は軽率な冗談で踏みにじったのだ。

 しかし。

「……触らないでくれると嬉しいかなぁ」

 ヒュッ、と空気が凍りついた。

 結愛は俺の手を避けたわけでも、振り払ったわけでもない。

 ただ、俺の手が届く直前で、冷徹な声で制止しただけだ。

「今の私達は『家族』だから。……そういうのは、美咲ちゃんにしなよ」

 彼女は最後に、能面のような完璧な笑顔を貼り付けて、俺に背を向けた。

「おやすみ、弟くん」

 パタン。

 ドアが静かに閉まる。

 怒鳴り声も、物を投げる音もしない。

 ただ、圧倒的な「拒絶」だけが、部屋の中に残された。

 俺は伸ばした手を宙に浮かせたまま、立ち尽くすことしかできなかった。

 彼女の静かな怒りは、どんなヒステリーよりも深く、鋭く、俺の胸に突き刺さっていた。

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