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略奪

「くそっ……!」


 俺はベッドから飛び起き逃げるようにして部屋のドアへと向かった。


 結愛のあの狂気を孕んだ笑顔から一秒でも早く逃げ出したかったのだ。


 ドアノブに手を掛け思い切り下へと引く。


 ガチャン。


 鈍い音が鳴り響いただけでドアはびくともしなかった。


「あれ……開かない……」


 俺はパニックになりながらドアノブを何度もガチャガチャと揺さぶった。


 そうだ。

 結愛が部屋に入ってきた時に内側から鍵をかけていたのだ。


 恐怖と焦りでそんな単純なことすら頭から抜け落ちていた。


「鍵……鍵を開けなきゃ……!」


 震える指先で鍵を回そうとしたその瞬間だった。


「どこに行くの?湊くん」


 背後から甘くねっとりとした声が鼓膜を震わせた。

 同時に俺の腰に華奢な両腕がギュッと巻き付いてくる。


 「うわっ……!?」


 俺が振り返るよりも早く結愛の細い腕が信じられないほどの力で俺を引き倒した。


 結愛の柔らかな体温と執着が背中越しに俺の全身を縛り付ける。


「あっ……やめろ結愛!」


 俺の抵抗も虚しく重心を崩された体はそのまま後ろへと引っ張られていく。


 ドンッ。


 再びスプリングが大きく軋む音が部屋に響き渡った。

 俺は鍵を開けることもできずに、再びベッドの上へと引き戻されてしまったのだ。


 「逃がさないよ」


 俺の上に覆い被さるようにして結愛が再び馬乗りになる。

 その長い髪が俺の顔を隠すように垂れ下がり逃げ場のない檻のように視界を塞いだ。


「湊くんの唇はもう私のものになったんだから」


 結愛の瞳にはもう天使の面影は微塵もなかった。


 そこにあるのは手に入れた獲物を絶対に手放そうとしない捕食者のような暗い執着だけだ。


「もっと私のお願い聞いてくれるよね?」


 美咲ちゃんの元へ走るという俺の決意は狂気に満ちた義姉の圧倒的な腕力と情念の前に完全に粉砕されていた。


 今度は先ほどのような隙は一切なかった。


「あっ……!」


 俺が腕を動かそうとした瞬間彼女の細い指が俺の両手首を乱暴に掴んだ。


 そのまま俺の腕は頭の上へと持ち上げられベッドのシーツに強く縫い止められる。


 華奢なはずの彼女のどこにこんな力が隠されているのか。

 体重をかけられ完全に身動きが取れなくなった俺は荒い息を吐くことしかできない。


「ねえ湊くん」


 結愛の長い髪がシーツにこぼれ落ち、俺の視界を完全に遮断した。

 その瞳は獲物を完全に支配した捕食者のように暗く濁ったまま妖しい光を放っている。


「さっきは突き飛ばされちゃったから」


 彼女の吐息が俺の鼻先をかすめた。

 甘いシャンプーの香りが脳を痺れさせるほどの濃度で密室に充満する。


「もう一回……ちゃんとして?」


 それはお願いなどではない。

 義理の姉から突きつけられた絶対に逃れられない命令だった。


「やめ……結愛……俺には美咲ちゃんが」


 俺の微かな抵抗の言葉は彼女の唇によって完全に塞ぎ込まれた。


「んっ……!」


 一度目のような唐突な衝突ではない。

 今度は俺が逃げられないことを確認するようにゆっくりとそして深く重なってくる。


 押さえつけられた両手首から結愛の熱い体温が伝わってくる。

 塞がれた唇からは彼女の甘い吐息と圧倒的な独占欲が流れ込んでくるようだった。


 頭の奥で美咲ちゃんの泣き顔がフラッシュバックする。


 俺は最低な彼氏だ。


 このままでは本当に取り返しのつかないところまで堕ちてしまう。

 しかし結愛の柔らかい唇の感触と俺を縛り付ける義姉の重い情念が俺の理性をゴリゴリと削り取っていく。


 密室のベッドの上で俺の抵抗する意志は完全に打ち砕かれた。

 俺はただ目を閉じ、最愛の彼女を裏切るという深い罪悪感と義理の姉の甘い狂気に身を委ねるしかなかった

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