着せ替え人形
「湊くんの初めては私が全部上書きするんだから!」
「ええ。彼の未知の領域は私が最適に管理して引き出すべきだわ」
二人は俺の腕を掴んだままショッピングモールの中を猛スピードで歩き始めた。
向かった先は若者向けの巨大なメンズファッションのテナントだった。
「ちょ、ちょっと待て!服なら間に合ってるから!」
俺の抵抗など二人の耳には全く届いていなかった。
「湊くんのお洋服、私が一番似合うのを選んであげるからね!」
結愛がチアフルな笑顔で宣言しながら店内のラックから次々と服を抜き出していく。
「それは間違っているわ。結愛さんの主観的な好みは湊くんの骨格やパーソナルカラーを完全に無視している。私が彼を最も引き立てる論理的な組み合わせを選び出すわ」
雪乃宮さんも負けじとモノトーンで洗練されたアイテムを素早い手つきで集め始めた。
気がつけば俺は両腕に大量のハンガーを抱え込まされ店舗の奥にある試着室へと押し込まれていた。
「さあ湊くん!まずは私が選んだこの爽やか系カジュアルから着替えようね!」
結愛が強引にカーテンを開けてチェック柄のシャツとスキニーパンツを押し付けてくる。
「待ちなさい。まずは私が選んだこのジャケットスタイルが先よ。彼の魅力を最大限に引き出すためにはこれが最適解のはずだわ」
雪乃宮さんが結愛を遮るようにしてシックなセットアップを差し出してきた。
「私の服が先だもん!湊くんの初めてのコーディネートは私が決めるの!」
「いいえ私よ。私の完璧なスタイリングで彼の過去の記憶ごと上書きするべきだわ」
試着室の狭い空間の入り口で二人の激しい火花が散っている。
他のお客さんや店員さんが遠巻きにこちらをヒソヒソと見ているのがわかり俺は顔から火が出そうだった。
「わ、わかった!順番に着るから二人とも一旦カーテンを閉めてくれ!」
俺は半ばヤケクソになって叫び強引に試着室のカーテンを閉めた。
狭い空間の中で溜め息をつきながらまずは結愛に渡された服に袖を通す。
確かにサイズはピッタリで色合いも悪くない。
「着替えたぞ……」
俺が恐る恐るカーテンを開けると結愛がパッと顔を輝かせた。
「すっごくかっこいい!やっぱり湊くんは何着ても似合うね!じゃあ次はこのパーカーも着てみようね!」
休む間もなく次の服が手渡される。
「結愛さんの服は少し子供っぽすぎるわ。湊くん、次はこちらのシャツを着てみなさい。あなたの新しい大人の魅力は私が引き出してあげる」
雪乃宮さんも負けじと新しい服を押し込んでくる。
俺は完全に意志を持たない着せ替え人形と化していた。
脱いでは着て開けては閉めての無限ループが始まる。
「湊くん、こっちの色も絶対似合うから着ようね!」
「湊くん、このパンツのシルエットがあなたの脚の長さを最も美しく見せるわ。早く試しなさい」
試着室のカーテンが開くたびに二人の審査員から怒涛のコメントと次の課題が飛んでくる。
シャツ、パーカー、ジャケット、カーディガン、スラックス、デニム。
俺の体力ゲージはみるみるうちに削られていき額からは汗が滲んでいた。
「なあ……もう十着以上着替えたぞ……そろそろ限界なんだけど……」
俺が息も絶え絶えに訴えても二人の目は完全に据わっていた。
「まだまだだよ!湊くんの初めてはこんなもんじゃないんだから!」
「ええ。完全に私の理想の形になるまでこの検証プロセスを止めるわけにはいかないわ」
美咲ちゃんへの対抗心と「初めて」を奪うという謎の執念に燃える二人を止めることは誰にもできない。
俺の休日は試着室という名の牢獄の中でひたすら服を着せ替えられる地獄のファッションショーとして消費されていく。




