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改札前の名残惜しさ

 ベンチでの甘い時間を終えて、俺たちは駅へと向かって歩いていた。


 すっかり日は落ちて空は群青色とオレンジ色が混ざり合った夜の入り口の顔をしている。


 繋いだままの右手からはまだ美咲ちゃんの柔らかな体温が伝わってきていた。


「今日は本当に楽しかったよ」


 美咲ちゃんが俺の顔を見上げてふんわりと微笑む。


「俺も。あのミステリ小説の感想も直接言えてよかったし」


「うん。また面白い本があったら貸すね」


 何気ない会話の一つ一つが今はたまらなく愛おしい。

 駅の明かりが近づいてくるのが今日だけはひどく恨めしく感じられた。


 休日の夕刻の駅は家路につく人々でごった返していた。


 俺たちは改札口の少し手前で立ち止まりようやく繋いでいた手を離した。


 スッと体温が離れていく感覚にどうしようもない寂しさが込み上げてくる。


「じゃあ湊くん。また明日ね」


 美咲ちゃんが一歩下がって小さく手を振った。


「ああ。気をつけて帰れよ」


 俺も右手を上げて振り返す。


 これで今日の最高に幸せだったデートは終わりだ。

 そう思って俺が踵を返そうとしたその瞬間だった。


 「あ、待って湊くん」


 美咲ちゃんが小走りで再び俺の目の前まで戻ってきた。


「どうした?忘れ物か?」


 俺が首を傾げると彼女は無言のまま俺の服の袖をキュッと軽く掴んだ。


 そして周囲の喧騒から逃れるようにしてスッと背伸びをする。

 ベンチでの不意打ちのキスが脳裏をよぎり俺の体はビクッと硬直した。


 しかし彼女の唇が向かったのは俺の頬ではなかった。

 美咲ちゃんの顔が俺の耳元へと限界まで近づいてくる。

 甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり彼女の熱い吐息が直接耳にかかった。


 「……今度は湊くんからしてね?」


 それはいつもの可愛らしい声ではなかった。


 少しだけ低くて大人の色気を帯びたゾクッとするような甘い囁きだった。


 俺の背筋に強烈な電流が走り脳が完全に焼き切れた。


「えっ……」


 俺が間抜けな声を漏らすと美咲ちゃんはパッと体を離した。

 そして顔を限界まで真っ赤にしながらも小悪魔のような笑顔を浮かべて再び改札へと向かっていった。


「ばいばいっ!」


 彼女は最後に振り返って大きく手を振るとそのまま人波の中へと消えていった。


 残された俺は改札の前で完全に石像と化していた。


 右頬にはキスの感触が残り耳の奥には低く甘い声がこだまし続けている。


 俺の理性を完全に破壊し尽くした美咲ちゃんとの激甘デートはこうして幕を閉じたのだった。

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