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爽やかイケメン登場

 五分で着替えを済ませた俺たちは近所の公園へとやってきた。

 スマホから流れるラジオ体操第一のメロディが朝の空気に響き渡る。


「腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動からー」


 俺の適当な号令に合わせて四人で体を動かす。

 結愛は笑顔でぴょんぴょんと跳ねている。

 雪乃宮さんはラジオ体操すらも完璧なフォームで関節の可動域を限界まで広げていた。


 そして一番劇的な変化を遂げたのは健太だった。


「いち!に!さん!し!」


 彼は誰よりも大きな声を出しながら、全身の血流を急激に良くしていく。

 数学のゲシュタルト崩壊と寝不足で死にかけていた親友の顔に見る見るうちに生気が戻ってきた。


 「はぁーっ!スッキリしたぜ!」


 深呼吸を終えた健太がバキバキと首を鳴らしながら爽やかな笑顔を浮かべた。


「よし!この勢いで海まで走るぞ!」


 彼は完全に目を覚まし、突如として青春マラソンを提案してきた。

 ここ茅ヶ崎の公園から海までは走っていけない距離ではない。


「おお!いいなそれ!」


 俺もこのまま家に帰って再び修羅場に戻るよりは外で走り回っていたかった。


「私も行くよ!湊くんと一緒に走る!」


「紫外線対策が不十分だけれど、心肺機能の向上には合理的ね」


 女子二人も乗り気になり、俺たちの青春の1ページが始まろうとしたその時だった。


「おおおおおっ!湊ぉぉぉっ!」


 地響きのような野太い咆哮が公園を揺るがした。

 朝日を遮るようにして巨大な影が俺たちの前に立ちはだかる。


 「ゴ、ゴリ……!」


 俺は思わず引きつった声を漏らした。

 そこに立っていたのはゴリだった。

 服の上からでもわかるほどの異常な筋肉量を誇る男。


「湊!お前も朝練か!奇遇だな!俺と一緒に大胸筋を追い込もうぜ!」


 ゴリはタンクトップ一枚で汗だくになりながら満面の笑みで俺に両腕を広げて迫ってくる。


 その圧倒的な質量と暑苦しさは朝の爽やかな空気を一瞬にして破壊した。


「ひぃぃぃっ!筋肉の化け物だぁぁっ!」


 健太が顔面を蒼白にして悲鳴を上げた。

 彼の脳内ではゴリは江戸幕府を滅ぼすレベルの脅威として認識されたらしい。


 「お、俺は先に行くぜぇぇっ!」


 健太は俺たちを置き去りにして脱兎のごとく海の方角へと駆け出していった。


「あっ!おい健太!逃げるな!」


 俺が手を伸ばすよりも早く親友の背中は見えなくなってしまった。

 見事なまでのトカゲの尻尾切りだ。


「湊!あいつは足腰が鍛えられてていいな!俺たちも負けずにスクワット一千回から始めようぜ!」


 ゴリが極太の腕で俺の肩をガシッと掴む。


「い、いや俺は遠慮しておくよ……」


 右に結愛、左に雪乃宮さん。

 そして正面には俺のことが大好きな筋肉ダルマのゴリ。


 修羅場を回避するために外に出たはずが、俺は全く別のベクトルの地獄へと足を踏み入れてしまったのだった。


 ゴリの極太の腕が俺の肩にガッチリと食い込んでいる。

 振り払おうにも相手は近い筋肉の塊だ。


「ほら湊!まずは大胸筋を温めるために腕立て伏せ五百回からだ!」


 暑苦しい笑顔と汗の匂いが俺のパーソナルスペースを完全に侵食していた。


 右を見れば結愛が笑顔を引きつらせている。

 左を見れば雪乃宮さんが非論理的な筋肉の質量を前にフリーズしている。


 俺は完全に詰んでいた。


 ラジオ体操の爽やかな朝の空気はどこへやら。


 親友の健太はすでに海の彼方へと姿を消し、俺はこの筋肉の檻の中で一生スクワットと腕立て伏せを強要される運命にあるらしい。


「さあ湊!俺と一緒に限界の先へ行こうぜ!」


 ゴリがさらに顔を近づけてきたその瞬間だった。


 「おいゴリ。油売ってんじゃねぇぞ。ほら」


 ドスッという鈍い音が公園に響いた。

 ゴリの背後から現れた長身の男がゴリの分厚い背中に容赦のない蹴りを入れたのだ。


「ぐはっ!?」


 筋肉ダルマが悲鳴を上げて前のめりに倒れ込む。

 俺の肩を掴んでいた腕がようやく外れた。

 男はゴリのタンクトップの襟首を掴むとまるで子猫でも扱うかのように軽々と引き剥がした。


 ゴリの先輩らしきその人はスポーティなウェアを身にまとい汗をかいてなお爽やかな雰囲気を纏っていた。


「すみません先輩!つい未来の婚約者を見つけたもので!」


「?何言ってんだ、確かに綺麗な方だが。とにかく言い訳すんな。ほら行くぞ」


 先輩はゴリを引きずりながらこちらを振り返った。

 立ち上がっている少し長めの前髪の隙間から涼しげな目元が覗く。


「ごめんね、迷惑かけて」


 彼はそう言うと俺たちに向かってパチリと完璧なウインクをして見せた。


 朝の太陽を背に受けたその姿はまるでスポーツ雑誌の表紙から抜け出してきたかのように爽やかで眩しかった。


 俺の心臓が不意にトクンと大きく跳ねた。


「じゃあな」


 先輩は爽やかな風を残してゴリを引きずったまま海沿いのランニングコースへと去っていった。

 嵐のような筋肉の脅威が去り公園には再び平和な朝の静寂が戻ってきた。


 俺は遠ざかっていく先輩の背中を見つめたまま完全にフリーズしている。


 今のウインク。

 そしてあの涼しげな笑顔と強引に後輩を引き剥がす男らしさ。


 俺の胸の奥で何かが弾けるような感覚があった。


「……湊くん?大丈夫?」


 結愛が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 雪乃宮さんも「心拍数が異常な数値を記録しているわ」と怪訝な顔をしている。


 俺はまだ先輩の残像が焼き付いた脳のまま無意識のうちに口を開いていた。


「……やっぱり俺、男が好きなのかな」


 ポツリとこぼれ落ちたその一言。

 公園の空気が先ほどのゴリの乱入時とは全く違う意味で完全に凍りついた。


 「……えっ?」


 結愛の笑顔がピシッと音を立ててひび割れた。


「……は?」


 雪乃宮さんの論理的思考回路が本日二度目のショートを起こした。

 二人のヒロインは信じられないものを見るような目で俺を見つめている。


「いや、だって今の先輩めちゃくちゃかっこよくなかったか?あのウインクで俺ちょっとドキッとしたんだけど」


 俺が真顔で感想を述べると二人はスッと一歩後ずさりをした。


「み、湊くん……そっちの気があるの……?」


 結愛がドン引きした顔で口元を覆う。


「非論理的よ……私の計算式に同性の先輩という変数が入り込む余地なんて……」


 雪乃宮さんは頭を抱えて完全にフリーズしてしまった。

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