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大乱闘

 光合成を推奨されて白目を剥いた健太がリビングの床に転がっている。


 その惨状を見下ろすこともなく雪乃宮さんはゆらゆらと俺の方へ歩み寄ってきた。


 彼女の瞳からは普段の理知的な光が完全に消え失せ、代わりに狂気にも似た暗い炎が揺らめいている。


「湊くん。私の計算式に生じたこの致命的なバグを修正する方法はたった一つしかないわ」


 雪乃宮さんの透き通るような声がひどく熱を帯びて聞こえた。


「バ、バグの修正って……」


 俺が引きつった笑いを浮かべて後ずさると彼女はさらに距離を詰めてくる。


「あなたが昨夜結愛さんと発生させた未知の変数。それと同じ状況を私の観測下でも再現するのよ」


 雪乃宮さんは俺の胸ぐらを掴むと顔を至近距離まで近づけてきた。


「い、今すぐここで私とも同じことをしなさい」


 信じられない要求だった。


 雪乃宮さんの吐息が直接顔にかかるほど近い。


 彼女の視線は俺の目から鼻筋、そして昨夜俺が触れた結愛と同じ部分の唇へと容赦なく降りていく。


「情報の非対称性は関係の破綻を招くわ。私があなたを正しく導くためには彼女が知っているデータを私もすべて共有しなければならないの」


 全く論理的ではない理由で氷の女王が実力行使に出ようとしている。


 彼女の手が俺の首筋に伸びてきてそのままベッドに押し倒すかのような強い力が加わった。


「ちょっ……雪乃宮さん!ここはリビングで、しかも朝だぞ!」


 俺が必死に抵抗しようとしたその瞬間だった。


「させないよ!」


 天使の皮を完全に脱ぎ捨てた結愛が俺と雪乃宮さんの間に勢いよく割って入ってきた。


 結愛は俺を背中に庇うようにして両手を広げ雪乃宮さんを鋭く睨みつけた。


「湊くんは私のだもん!雪乃宮さんなんかに触らせない!」


 結愛の顔はまだ昨夜の記憶を引きずって赤いままだったがその瞳には絶対に引かないという強い意志が宿っている。


「どきなさい結愛さん。これは彼の学習管理者、いえ、先生としての正当な権利の行使よ」


「そんなのただの屁理屈じゃない!湊くんが好きなだけくせに!」


 結愛が痛いところを真正面から突き刺した。


 しかし脳を破壊された雪乃宮さんにそのストレートな言葉は全く効かない。


「ええそうよ。だからこそ独占は許さないわ。さあ湊くんをこっちへ渡しなさい」


 雪乃宮さんが結愛の肩を掴んで強引に退かそうとする。


「やだ!絶対に渡さない!」


 結愛も負けじと雪乃宮さんの腕を掴み返した。


「湊くんは私の弟だから私が一番近くにいるの!」


「戸籍上の繋がりなど、脳内物質の分泌には関係ないわ!私の方が彼に最適解を与えられる!」


「最適解なんてどうでもいい!湊くんは私が好きなの!」


「非論理的ね!彼の心拍数は私の前でも確実に上昇しているわ!」


 二人のヒロインによる壮絶なキャットファイトが俺の目の前で幕を開けた。


 腕を引っ張り合いお互いを押し退けようとリビングを右へ左へと動き回る。


「お、おい二人とも落ち着けって!」


 俺が仲裁に入ろうと手を伸ばすと今度は二人が同時に俺の腕を左右から掴んできた。


「湊くんは私と一緒にお昼寝するの!」


「いいえ私と夜通し方程式を解くわよ!」


「やめろ千切れる!俺の腕が千切れるから!」


 気絶した親友が転がるカオスなリビングで俺は二人の少女に左右から強烈に引っ張られ文字通りの大乱闘にもみくちゃにされていた。

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