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氷の女王の陥落

 深夜二時を回った頃。

 ついに氷の女王の論理的思考も睡魔という生理現象には勝てなかったらしい。


「……今日はここまでにしましょう」


 雪乃宮さんは小さくあくびをするとノートを閉じた。

 そしてベッドから降りてローテーブルの横に敷かれたラグの上にぺたりと座り込んだ。


「少しだけ、目を閉じさせてもらうわ。目を閉じるだけ、だから……」


 彼女は壁に寄りかかり、長いまつ毛を伏せて静かに寝息を立て始めた。


 健太はすでに完全に夢の世界の住人だ。


 俺の部屋には健太の図太い寝息と雪乃宮さんの微かな寝息だけが響くようになった。

 残されたのは俺と右隣に座る結愛だけだ。


 「二人とも寝ちゃったね」


 結愛が声をひそめて俺の耳元で囁いた。


「ああ。さすがに今日は疲れすぎたんだろ」


 俺も小さな声で返事をして凝り固まった肩を回そうとした。

 その時だった。


 彼女はニシシと悪巧みをする子供のように笑うと俺の右腕を力強く引いた。


「えっ」


 バランスを崩した俺の体が結愛に引っ張られるようにしてベッドの上に倒れ込む。


 ボフッというくぐもった音がして俺の視界が反転した。

 気がつくと俺は仰向けに倒れた結愛の上に完全に覆い被さる形になっていた。


 いわゆる押し倒している状況だ。

 俺の両腕の間に結愛の華奢な体がすっぽりと収まっている。


「ゆ、結愛!お前なに急に……!」


 俺が慌てて飛び起きようとすると結愛の両手が俺の背中に回り、ギュッと抱きしめられた。


「しーっ。湊くん、大きな声出したら二人が起きちゃうよ?」


 結愛の甘い吐息が俺の鼻先をかすめる。

 すぐ下では雪乃宮さんと健太が寝ているのだ。


 ここで暴れてベッドをきしませれば確実に二人の目を覚ましてしまう。

 俺は身動きが取れなくなり、息を潜めることしかできなかった。


「……わざとやっただろ」


 俺が限界まで声を絞って抗議する。

 結愛は俺の下で嬉しそうに目を細めてコクリと頷いた。


「だって、せっかく邪魔者が寝てくれたんだもん。湊くんと二人きりの秘密の時間でしょ?」


 結愛の顔が俺の顔のすぐ数センチ下にある。

 ピンク色のもこもこパジャマから覗く白い首筋が暗い部屋の中でやけに生々しく見えた。


「湊くんの心臓、すっごくドキドキしてる」


 結愛の手が俺の背中から胸元へと移動し俺の鼓動を直接確かめるように触れてくる。


「当たり前だろ……下で二人が寝てるんだぞ」


 バレたら完全に社会的に終わるという極限のスリル。

 そして腕の中にいる義姉の圧倒的な可愛さと甘い匂い。

 二つの意味で心臓が破裂しそうだった。


「ふふっ。雪乃宮さんが起きる前に私といっぱい、いけないことしよっか」


 結愛が俺の耳たぶに軽く息を吹きかける。

 ビクッと体が跳ねたが声を出すことも逃げることもできない。


 俺は薄暗いベッドの上で結愛の甘い悪戯とバレてはいけないという極限のプレッシャーに完全に包囲され身を委ねるしかなかった。


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