お泊まり会
風呂から上がり、時刻はついに深夜へと突入した。
俺の部屋のドアが開き、三人の訪問者が次々と入ってくる。
健太は俺が貸した中学校時代の少しダサいジャージを上下に着ていた。
そしてその後ろから甘いシャンプーの香りと共に二人の女子が姿を現す。
結愛はいつも着ているもこもことしたピンク色の愛らしいパジャマ姿だ。
そして雪乃宮さんは結愛から借りたという薄水色のシルクのパジャマを着ていた。
普段の制服や私服の隙のない姿とは違い、少しだけサイズが大きくて肩が落ちている。
その無防備な姿と風呂上がりのほんのり赤い頬が俺の理性を強烈に揺さぶってきた。
「お邪魔するわね湊くん」
雪乃宮さんが艶やかな長い髪をかき上げながら俺の部屋を見渡す。
「湊くんのお部屋っていつ来ても落ち着くよねー」
結愛はすっかり自分のテリトリーのような顔をして俺のベッドへとダイブした。
休日の夜に俺の狭い部屋に女子二人がパジャマ姿で入り込んでいる。
どう考えても健全な高校生の日常から完全に逸脱したカオスな状況だった。
「……俺はもうダメだ」
部屋の隅にある小さなローテーブルの前に座った健太が虚ろな目で呟いた。
風呂に入って完全に副交感神経が優位になったのか彼の瞼はすでに限界まで重くなっている。
手元の数学のノートにはミミズが這ったような意味不明な数式が羅列されていた。
「健太くん。あなたの脳波は現在シータ波を記録しているようね」
雪乃宮さんが冷ややかな視線を健太に突き刺す。
「ここで眠りに落ちればあなたの次学期の成績は確実に底辺を這うことになるわよ」
「うわぁぁぁん!もう無理だぁ!数字が子守唄に聞こえるぅぅっ!」
健太はノートに突っ伏して完全に白旗を揚げてしまった。
親友の断末魔をBGMにしながら俺は自分がどこで勉強すべきか迷っていた。
健太がローテーブルを占領しているため残されたスペースは俺のベッドの上しかない。
「湊くん!こっち来て一緒にやろ!」
結愛が俺のベッドの右半分を陣取りポンポンとシーツを叩いた。
「ほら、私がまたクッキーあーんしてあげるからね!」
彼女はタッパーに詰めてきた手作りクッキーを誇らしげに掲げている。
「夜にクッキーは色々と良くないだろ……」
口から出た言葉とは裏腹に俺がウキウキと結愛の隣に座ろうとした瞬間だった。
「……非効率ね」
雪乃宮さんが静かに俺のベッドの左半分に腰を下ろした。
「ベッドのような柔らかい場所での学習は姿勢の悪化を招き、集中力を著しく低下させるわ」
「じゃあ雪乃宮さんは下で健太くんとやってればいいじゃない」
結愛がチアフルな笑顔のまま声のトーンを限界まで下げた。
「いいえ。湊くんの指導は私の義務よ。ここで彼をあなたの甘い誘惑に任せておけば学習計画が完全に崩壊するわ」
雪乃宮さんはそう言って俺の左腕をガシッと掴み、自分の横へと引き寄せた。
「ちょっと!湊くんは私と一緒にやるの!」
結愛も負けじと俺の右腕を抱き込みベッドの上で激しい綱引きが始まった。
「お、おい二人とも引っ張るなよ!」
俺の悲鳴は二人のヒロインのバチバチとした火花にかき消された。
結局俺はベッドの中央に座らされ右に魔王、左に氷の女王という絶望的な布陣が完成してしまった。
右からは結愛のもこもことしたパジャマの柔らかな感触と甘い匂いが容赦なく押し寄せてくる。
「ほら湊くん。この問題解けたらご褒美ね」
結愛が俺の耳元で甘く囁き、太ももをぴったりと密着させてくる。
左からは雪乃宮さんのシルクのパジャマ越しに伝わる少しひんやりとした体温と凛とした香りが俺の理性を削り取る。
「湊くん。この構文の解釈が間違っているわ。もっと思考を組み立てなさい」
雪乃宮さんは俺のノートを覗き込むようにして身を乗り出してくるためその整った横顔が俺の視界を完全にジャックしていた。
両耳から全く違うベクトルの声が注ぎ込まれ両腕には極上の感触が密着している。
勉強どころの騒ぎではない。
俺の脳は英語の長文ではなくこの異常な状況を処理するだけで完全にオーバーヒートを起こしていた。
下では親友が完全に意識を失い規則正しい寝息を立てている。
俺は地獄なのか天国なのかわからないこの深夜のベッドの上で永遠にも思える限界突破の勉強会を続けることになったのだった。




