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ディナータイム

 キッチンからの賑やかな音と食欲をそそる匂いがピークに達した。

 やがてエプロン姿の三人が次々と大皿をダイニングテーブルへと運んでくる。


「はいお待たせ!我が家特製ハンバーグだよ!」


 結愛が満面の笑みで宣言する。


 テーブルの中央にはこんがりと焼き色のついたハンバーグが山のように積まれていた。

 デミグラスソースの香りが胃袋を激しく刺激してくる。


 父さんも着替えを終えて二階から降りてきた。


「おぉ、美味そうだな。みんな席に着こう」


 父さんの号令で俺たちはそれぞれの席についた。

 健太は完全に腹ペコの犬のような顔で皿を見つめている。

 雪乃宮さんも静かに手を合わせて「いただきます」と上品に頭を下げた。


 大皿に盛られたハンバーグをよく見るといくつかのグループに分かれていることに気がついた。


 一つは表面が滑らかでふっくらと美しい楕円形を描いている完璧なハンバーグ。

 もう一つはまるで粘土遊びに失敗したかのように表面がデコボコで形も歪なハンバーグだ。


 俺は先ほどの玉ねぎの刑に処されていた健太の姿を思い出した。

 あいつなりに不器用ながら一生懸命に空気を抜いて形を整えたのだろう。

 なんだかんだ言って俺の家に無理やり上がり込んできたとはいえ、親友が作った料理だ。


 俺は少しだけ健太を労うつもりでわざとその一番形の悪い不格好なハンバーグを選んで自分の皿に乗せた。


「湊、お前それ選ぶのか?」


 健太が不思議そうに首を傾げている。

 俺は無言で頷きデミグラスソースをたっぷりと絡めて一口大に切り分けた。


 そしてパクリと口に運ぶ。

 見た目はともかく味はしっかりと中まで火が通っていて肉汁が溢れ出してくる。


「うん。これすごく美味しいな」


 俺は健太の方をチラリと見てからわざとらしく声を張った。


「この形のやつ、誰が作ったんだ?」


 俺の言葉を聞いて健太が照れくさそうに笑うだろうと予想していた。

 しかし声を弾ませて答えたのは意外な人物だった。


「あ、それお母さんが作ったのよ!」


 義母さんが嬉しそうに手を挙げたのだ。

 俺は口に入れたハンバーグを危うく喉に詰まらせそうになった。


「えっ……義母さんが?」


「ええ。こういう力加減が難しい料理は昔からどうも苦手なのよ」


 義母さんはふんわりと笑いながら自分の不器用さをあっさりとカミングアウトした。


「空気を抜こうとするとお肉が飛んでいっちゃうし、形を整えようとすると潰れちゃうのよね」


 俺は背筋にツーッと冷たい汗が流れるのを感じた。


 危なかった。


 健太が作ったものだと完全に思い込んで『こんな不格好なハンバーグお前しか作れないだろ』なんて軽口を叩かなくて本当に良かった。


 もしそんなことを言っていれば俺の家庭内での立場は一瞬にして崩壊していただろう。


「そう、だったんですか。でも味は最高ですよ」


 俺が必死にフォローを入れると義母さんは「嬉しいわ」とさらに笑顔を深めた。


 和やかな空気が食卓を包み込んだその時だった。

 向かいの席でビールを飲んでいた父さんが上機嫌で口を開いた。


「母さんは本当に力加減を知らなくてな。昨夜だってさ」


 父さんは義母さんの名誉を盛大に削り取るような暴露話を始めようとした。


 ヒュッ。


 風を切るような鋭い音がダイニングを駆け抜けた。

 それは父さんの言葉が終わるよりも早かった。


 義母さんの手元から放たれた一本の箸がまるで熟練の弓兵が放った矢のように一直線に宙を舞ったのだ。


 ドスッ。


「ぐふっ!?」


 鈍い音と共に父さんの額のど真ん中に見事な命中を果たした。

 完璧なまでのヘッドショットである。

 父さんはそのまま白目を剥いて椅子の背もたれにガクンと首を垂れた。


「……あらやだ。手が滑っちゃったわ」


 義母さんは頬に手を当ててニコリと微笑んでいる。

 その笑顔の裏に隠された圧倒的な戦闘力と容赦のない制裁。


 食卓は一瞬にして静まり返り、健太はガタガタと震え上がり雪乃宮さんは冷静に箸の飛んだ軌道を計算しているようだった。


 結愛は「お父さん大丈夫ー?」と呑気にハンバーグを頬張っている。

 力加減が苦手というのは料理だけの話ではなかったらしい。

 我が家のヒエラルキーの頂点が誰なのかを嫌というほど見せつけられた夕食の始まりだった。

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