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遠慮と煽り

 「はい湊くん。次の問題も正解!」


 結愛が嬉しそうにまた一つクッキーを俺の口に運んできた。

 俺がその甘さを噛み締めていると玄関の方からガチャリとドアが開く音が聞こえた。


「ただいま。あら、靴がいっぱいあるわね」


「湊の友達が来てるのかな?」


 聞き慣れた二つの声が廊下に響いた。

 仕事から帰ってきた俺の父さんと結愛の母さんだ。


 リビングのドアが開き二人が揃って顔を出した。

 そして目の前に広がるカオスな光景を見てピタリと動きを止めた。


 右側の席では俺が結愛からクッキーをあーんされている。

 左側の席では白目を剥いた健太が雪乃宮さんからノートの角で机を叩かれながら指導を受けている。


「……えっと。お邪魔だったかしら?」


 義母さんが目を丸くして持っていたスーパーの袋を少しだけ持ち上げた。


「ち、違うんだ父さん、母さん!」


 俺は慌てて口の中のクッキーを飲み込んで立ち上がった。


「これはその、夏休み前の課題をみんなでやっていて」


「そうそうお母さん!みんなでお勉強会をしてたの!」


 結愛もパッと立ち上がり満面の笑みで取り繕う。

 父さんは少し呆れたような顔をしたがすぐに嬉しそうに目を細めた。


「なんだ。テストが終わったのに偉いじゃないか」


「ええ本当に。湊くんも結愛も偉いわね」


 義母さんもニコニコと笑いながら部屋の中へと入ってきた。


 両親の登場によって雪乃宮さんのスパルタ指導も一旦ストップした。


 健太は地獄からの解放に安堵の息を漏らしている。


「初めまして。湊の父です。いつも息子が世話になっているね」


 父さんがそう声をかけると健太は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。


「初めまして!湊の親友の健太です!いつも湊にはお世話になってます!」


「私は雪乃宮怜と申します。本日はお邪魔しております」


 雪乃宮さんも静かに立ち上がり洗練された完璧な一礼を見せた。

 その凛とした佇まいに義母さんは「まあ、綺麗な子ね」と感嘆の声を漏らす。


 俺の親と健太や雪乃宮さんが顔を合わせるのはこれが初めてだった。


「二人とも湊くんの同級生なのね。結愛とも仲良くしてくれてありがとう」


 義母さんの優しい言葉に雪乃宮さんは小さく頷いた。


「湊くんも結愛さんも非常に優秀で私の方こそ刺激を受けております」


 大人の前では雪乃宮さんの言葉遣いも一段と丁寧になり氷の女王の威圧感は完全に鳴りを潜めていた。


 「せっかくみんなでお勉強頑張ってたんだから」


 義母さんが買ってきたスーパーの袋をキッチンカウンターに置いた。


「よかったらご飯を食べていかない?今日はハンバーグを作ろうと思っていたの」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


「食ってきます!是非とも!」


 健太が食い気味に大声を上げて挙手をした。

 彼は数学のゲシュタルト崩壊から逃れる口実を見つけた喜びに満ち溢れている。


「あらあら。元気があっていいわね」


 義母さんがクスクスと笑う。


「お前は少しは遠慮ってものを知れよ」


 俺がため息をつくと健太は「いいじゃんか!腹が減っては戦はできぬって言うだろ!」と胸を張った。


 武将の幻覚からはまだ抜け出せていないらしい。


 一方の雪乃宮さんは少しだけ戸惑ったように視線を落としていた。


「……いえ。私はこれ以上ご家族の団欒にお邪魔するわけにはいきませんから。そろそろ失礼させていただきます」


 彼女はそう言って自分の参考書やノートを鞄に片付け始めようとした。


 すると健太がニヤニヤしながら雪乃宮さんの横から顔を出した。


「なんだよ雪乃宮さん。まさかハンバーグが嫌いなのか?それともお母さんの手料理にビビッてるのか?」


「……ッ」


 雪乃宮さんの眉間がピクリと動いた。

 彼女は無言で手にした分厚い参考書の角で健太の脇腹を軽く小突いた。


「ぐはっ!」


 健太がカエルのような声を出してうずくまる。

 雪乃宮さんはコホンと小さく咳払いをすると義母さんの方へ向き直った。


「……良ければご一緒させてください。お気遣い痛み入ります」


 彼女は少しだけ頬を染めながら先ほどよりもさらに礼儀正しく頭を下げた。


「ええ、もちろんよ!たくさん食べていってね」


 義母さんが嬉しそうに微笑む。


「やったぁ!じゃあ私、お母さんのお手伝いするね!」


 結愛もエプロンの紐を締め直してキッチンへと向かっていった。

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