目覚めの温度
オレンジ色の夕陽が遮光カーテンの隙間から細く差し込んでいる。
静まり返ったリビングには規則正しい結愛の寝息だけが響いていた。
俺の右腕は彼女の頭の重みで完全に感覚を失いかけている。
だが不思議と不快感はなかった。
むしろ腕から伝わってくる彼女の体温と柔らかな髪の感触が愛おしくさえ感じてしまう。
そんな気だるい休日の午後。
「……ん……」
不意に結愛の長いまつ毛が震えた。
ゆっくりとまぶたが開き潤んだ瞳が俺を見上げる。
寝起きのぼんやりとした視線が数秒ほど宙を彷徨った。
「おはよう結愛。よく寝てたな」
俺がなるべく優しく声をかけると結愛はコクリと小さく頷いた。
そして自分が今どんな状況にいるのかをゆっくりと理解し始めたようだ。
俺の右腕にすっぽりと収まり完全に密着して寝ていたことに。
普通のラブコメならここで顔を真っ赤にして飛び起きるところだろう。
だが目の前の天使は予想外の行動に出た。
「あ……私、湊くんの腕枕で寝てたんだ」
結愛は起き上がるどころか俺のシャツの胸元を両手でギュッと掴み直した。
そしてすりすりと子猫のように俺の腕に頬を擦り寄せてくる。
「固かったか?腕痺れてるんだけど」
俺が冗談めかして言うと彼女は少しだけ上目遣いになった。
「ううん。湊くんの匂いがして……すごく安心したの」
甘ったるい声が至近距離で鼓膜を震わせる。
朝のあの恐ろしい魔王モードは完全にどこかへ消え去り、そこには純度百パーセントの甘えん坊だけが存在していた。
「……結愛、そろそろ起きないと夕飯の時間になるぞ」
俺が理性を総動員して諭そうとするが彼女は首を横に振った。
「もうちょっとこのまま……」
結愛はそう囁くとさらに強く俺の体に抱きついてきた。
彼女の柔らかい膨らみが俺の腕に容赦なく押し当てられる。
「ちょ、結愛……!」
「湊くんあったかいね。ずっとこうしていたいな……」
結愛は目を細めて幸せそうに微笑んだ。
もはや限界突破の激甘展開である。
俺の理性は音を立てて崩壊寸前だった。
「ねえ湊くん」
結愛が俺の胸に顔を埋めたまま小さな声で呼んだ。
「なんだ?」
「朝は……意地悪言ってごめんね」
彼女の吐息が俺の鎖骨のあたりにかかってひどくくすぐったい。
「灰ちゃんにヤキモチ妬いちゃっただけだから。本当は湊くんがいっぱい映画見てくれて、一緒にパンケーキ作ってくれて……すっごく嬉しかったの」
素直すぎる本音の連撃。
俺はもう抵抗することを諦めて空いている左手で結愛の頭をそっと撫でた。
「俺も、パンケーキ美味しかったよ。ありがとう」
「えへへ……湊くん大好き」
結愛が俺の腕の中で幸せそうに笑う。
窓の外では真昼の太陽が完全に沈みかけ世界が夕闇に包まれようとしていた。
俺たちは時間も忘れオレンジ色に染まるリビングのソファでただお互いの体温を確かめ合うように密着し続けていた。




