午後の微睡み
二人で焼いたパンケーキはあっという間に俺たちの胃袋へと消えていった。
甘いメープルシロップとバターの香りがまだ口の中に微かに残っている。
「あー、美味しかった!」
結愛が満足そうに両手を合わせてにっこりと笑った。
「自分で言うのもなんだけど完璧な焼き加減だったな」
「うんうん。湊くんのおかげだね」
結愛は機嫌よく空いたお皿をシンクへと運んでいく。
映画マラソンからのパンケーキ作りという怒涛の展開だったがどうやら結愛の機嫌は完全に直ったらしい。
俺もホッと胸を撫で下ろしながら立ち上がろうとしたがふと強烈な眠気に襲われた。
お腹がいっぱいになったことと朝からの異常な緊張感が解けたせいだ。
さらに言えば昨日の疲労も完全に抜け切っているわけではない。
まだ本格的な夏休みには入っていないというのに、俺の体感ではすでに夏を半分終えたような気さえしていた。
「湊くん、どうしたの?」
洗い物を終えた結愛が不思議そうに首を傾げた。
「いや……ちょっと眠くなってきて」
俺が正直に言うと結愛はふふっと優しく微笑んだ。
「そうだね。昨日も遅かったし映画もたくさん見たもんね」
結愛は俺の手を引いて再び薄暗いリビングのソファへと連れて行った。
「少しだけお昼寝、しよっか」
そう言って彼女は俺の隣にちょこんと座る。
エアコンの効いた涼しい部屋とふかふかのソファの感触。
そして隣からは結愛の甘いシャンプーの香りが漂ってくる。
これはもう抗えるはずがなかった。
「……少しだけ寝る。結愛も疲れてるなら寝とけよ」
「うん。おやすみ、湊くん」
俺は背もたれに深く体を預けゆっくりと目を閉じた。
心地よい静寂の中で俺の意識はすぐに深い微睡みの中へと溶けていった。
───
どれくらい眠っていたのだろうか。
不意に右腕に温かくて柔らかい重みを感じて俺はゆっくりと目を開けた。
遮光カーテンの隙間からはオレンジ色の夕暮れの光が一直線に差し込んでいる。
どうやらかなり長い時間熟睡してしまったようだ。
少しだけ寝ぼけた頭で右腕の重みの正体を確認しようと視線を落とした。
「……っ」
俺は思わず息を呑んだ。
俺の右腕には結愛がすっぽりと頭を乗せて気持ちよさそうに眠っていたのだ。
いわゆる腕枕というやつである。
結愛は俺の体の方へ身を寄せ両手で俺のシャツの裾をギュッと握りしめている。
その無防備で愛らしい寝顔は朝の魔王のような姿とは打って変わってまさに本物の天使だった。
「……すぅ……すぅ……」
規則正しい寝息がすぐ耳元で聞こえる。
結愛の柔らかい頬が俺の腕に密着していてその温もりが直接肌に伝わってきた。
「……湊、くん……えへへ……」
結愛が寝言で俺の名前を呼び幸せそうにふにゃりと笑った。
どんな夢を見ているのかは分からないがどうやら楽しい夢らしい。
俺の心臓はさっきのホラー映画とは全く違うベクトルで早鐘のように打ち始めた。
腕を抜こうにも彼女を起こしてしまいそうで身動きが取れない。
いや本音を言えばこの甘くて幸せな重みをもう少しだけ感じていたかった。




