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ある老人の懺悔

「湊くん、私たち先にお土産見てるね!」


 結愛がエレベーターのボタンを押しながら手を振った。

 美咲ちゃんたちもそれに続き、ゆっくりと扉が閉まっていく。


 俺は「ああ、すぐ行く」と返し夜景の前に残った。


 先ほど写真を撮ってくれたおじいさんに改めてお礼を言おうと思ったからだ。


「綺麗に撮っていただいて、本当にありがとうございました」


 俺が頭を下げるとおじいさんは人の良さそうなシワを寄せて微笑んだ。


「いやいや、若い子たちの楽しそうな姿を見るのはこっちも元気をもらえるからね」


 おじいさんは首から下げたカメラを愛おしそうに撫でた。


「君たちを見ていたら、ふと自分の若い頃や……孫のことを思い出したんだ」


 展望室の静かな空間にエレベーターが遠ざかる微かな機械音だけが響く。

 俺はおじいさんの言葉の続きを静かに待った。


「私は、ずっと小さな喫茶店を営んでいたんだ」


 おじいさんは窓の外の遠い灯りを見つめながらぽつりぽつりと語り始めた。


「コーヒーを淹れるのが好きでね。でもちょっと訳あって、店に立てなくなってしまったんだ」


 その横顔には少しだけ寂しげな影が落ちていた。


「今はね、孫が店を継いでくれているんだ。ありがたいことなんだけど……」


 おじいさんはそこで言葉を区切りふうっと短く息を吐いた。


「孫には孫の人生があっただろうに。若い時間を私のちゃちな執着と店のせいで縛り付けてしまって、申し訳ないことをしてしまったかなって、時々考えてしまうんだよ」


 それは誰に言うでもない後悔の入り混じった独白のようだった。


「……おっと、いけないね」


 おじいさんはハッとしたようにこちらを向き苦笑いをした。


「歳をとると、つい口がよく動いてしまうんだ。見ず知らずの君にこんな話をしてしまって申し訳ない。悪い癖だとはわかっているのだが、どうも治すのは一介の老人では難しくてね」


 おじいさんは誤魔化すように笑ったが俺は決してその言葉を適当に流すことはできなかった。

 見ず知らずの相手だからこそ、その場限りの無責任な慰めで終わらせたくなかったのだ。


「……俺は、そうは思いません」


 俺がまっすぐに目を見て言うと、おじいさんは少し驚いたように目を丸くした。


「お孫さんは、おじいさんの淹れるコーヒーや、その喫茶店という場所が本当に好きだったんだと思います」


 俺の頭の中にさっきまでここで笑っていた結愛や美咲ちゃんたちの顔が浮かんだ。

 誰かのために何かをしたいと思う強さは決して義務感や同情なんかじゃない。


「本当に嫌なら別の道を選べたはずです。でもお店を継いだのは、おじいさんの生きてきた証を自分の手で守りたかったからじゃないですかね」


 俺の言葉を聞いておじいさんは何度も瞬きを繰り返した。

 そしてゆっくりと目尻を下げて、今日一番の安心したような優しい笑顔を見せた。


「……そうか。君のような若い人ににそう言ってもらえると、なんだかずっと抱えていた肩の荷が下りた気がするよ」


「今度、その喫茶店に行ってみたいです。きっとすごく温かい場所なんだろうなって思いますから」


「ああ、ぜひとも。孫の淹れるコーヒーも私の次に美味しいからね」


 俺はおじいさんに深く頭を下げてから地上へと続くエレベーターのボタンを押した。

 下で待つ四人のヒロインたちの元へ帰る俺の心は、江の島の夜景よりもずっと晴れやかだった。

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