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青の世界

 ゴリの大胸筋への逃避という俺の最低な決断によりクレープ屋での地獄の尋問は有耶無耶に終わった。


 莉奈は呆れ果てて一人で帰ってしまい、俺たちは再び照りつける太陽の下へと戻ってきた。


 まだ本格的な夏休みには入っていない。

 テスト明けの休みを利用したフライングの海イベントだったのだが疲労感はすでに夏休み最終日のそれだ。


 砂浜に戻った俺たちは広げていたレジャーシートやパラソルを無言で片付け始めた。


「ほら湊くん。そっち持って!」


「はいはい、結愛」


 結愛が明るい声で指示を出し俺がパラソルの骨を折りたたむ。

 さっきまでの絶対零度のオーラはすっかり消え去りいつもの明るい結愛に戻っていた。


「おい湊。あたしの浮き輪の空気抜いといてくれ」


 灰が浮き輪を放り投げてくる。


「湊くん、ゴミは私がまとめておくね!」


 美咲ちゃんも小走りで空きペットボトルを集めてくれている。


「湊くん。そこの荷物も鞄に詰めて頂戴」


「ハッハッハ!湊の心はすでに俺の筋肉の虜だ!今日はお前たち女子に湊を譲ってやろう!」


 一人だけ空気を読まないゴリが高笑いしながら濡れた砂浜を踏みしめる。


「行くぞ健太!伊豆大島まで遠泳特訓だ!」


「ぎゃあぁぁっ!俺は帰って寝たいんだよぉぉっ!」


 ゴリは事切れていた健太の首根っこを掴むとそのまま駅ではなくなぜか海の方向へと猛ダッシュで消えていった。


 親友の断末魔が遠ざかるのを聞きながら俺は心の中で深く手を合わせた。


 健太の尊い犠牲のおかげでこの後の俺の平和が守られたのだ。


 「ふう。片付け終わったね!」


 結愛が額の汗を拭いながら満面の笑みで振り返った。


「でもすっごく暑い!湊くん、せっかくだから水族館に行こうよ!」


 彼女の提案に他の三人も賛同の意を示した。

 江ノ島のすぐ近くには有名な水族館がある。

 冷房の効いた屋内施設は今の俺たちにとって砂漠のオアシスのように魅力的に思えた。


「そうだな。せっかくここまで来たんだし行ってみるか」


 俺たちは海風に吹かれながら国道沿いを歩き新江ノ島水族館へと足を踏み入れた。

 館内に入った瞬間ひんやりとした冷気が火照った体を優しく包み込む。


「わあ……!涼しいね、湊くん!」


 結愛が俺の腕に軽く触れながら無邪気に声を弾ませた。

 少し前までの尋問モードが嘘のように彼女は今とても機嫌が良い。


 薄暗い館内は巨大な水槽から放たれる青い光に照らされ幻想的な雰囲気が漂っていた。


「湊くん、見て見て!ペンギンがいっぱいいるよ!」


 美咲ちゃんがガラスに張り付いて目を輝かせている。

 ちょこちょこと歩き回るペンギンの姿は美咲ちゃんの小動物のような可愛らしさとどこか重なって見えた。


「湊。あいつ強そうだな」


 灰が指差したのは悠々と泳ぐ巨大なサメだった。


「お前は海の生き物まで強さで評価するのかよ」


 俺が苦笑いすると灰は「男の浪漫だろ」と不敵に笑った。


「湊くん。あのクラゲの動きを見て」


 雪乃宮さんが立ち止まったのは円柱形の巨大なクラゲ水槽の前だった。


「流体力学的に非常に合理的なフォルムをしているわ。無駄なエネルギーを使わずに海流に乗る生存戦略ね」


「水族館に来てまでそんな難しいこと考えてるの雪乃宮さんくらいだぞ」


 俺がツッコミを入れると彼女はふっと柔らかい笑みをこぼした。


「たまにはこうして観察するのも悪くないわね。湊くんのおかげかしら」


 彼女がさらりと俺の名前を呼ぶたびにどうも背中がむず痒くなる。

 それぞれのペースで青の世界を楽しむ彼女たちを後ろから眺めながら俺はゆっくりと館内を進んでいった。


 順路を進むとひときわ大きなメイン水槽が現れた。

 イワシの群れが銀色の竜巻のようにうねり、エイが頭上を優雅に横切っていく。

 俺たちは言葉を失いその圧倒的な光景に見入っていた。


「綺麗……」


 結愛がぽつりと呟いた。

 彼女は俺のすぐ隣に立ち水槽の青い光をその瞳に反射させていた。


「結愛、走ると転ぶぞって言おうとしたけど今日は大人しいな」


 俺がからかうように言うと彼女は頬を膨らませた。


「もう!私だって水族館くらい静かに見られるよ!」


 彼女はそう言って明るく笑うと俺のシャツの袖をちょこんと摘んだ。


「でもね、湊くんと一緒に来られてよかった。今日は色々あったけど……すごく楽しいよ」


 結愛のチアフルな笑顔が青い光に照らされてひどく綺麗に見えた。

 ビーチバレーの死闘やゴリの乱入などカオスすぎる一日だったが、この穏やかな瞬間のためだったと思えば悪くない。


 美咲ちゃんも灰も雪乃宮さんもそれぞれが水槽の魚たちを見つめ穏やかな時間を共有している。

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