ツン(デレ)の恩返し
彼女はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
しかしすぐにチラリと俺の方を見上げてくる。
「……あの時は、その、ありがとうございました」
「おう。無事に着けたならよかったよ。じゃあな」
「だから!あの時のお礼がしたくてずっと探してたんです!」
彼女は再び俺の手首をガシッと掴んだ。
小柄な体からは想像もつかないほどの力強さだ。
「ちょっと付き合ってください!この辺りに美味しいクレープ屋さんがあるんです!」
「えっ、いや。俺は連れが海に……」
「問答無用です!恩返しをしないと私の気が済まないんですから!」
彼女はずんずんと国道134号線沿いを歩き出す。
「勘違いしないでくださいね!別にあなたに会いたかったわけじゃないですからね!ただの義理です!」
顔を真っ赤にして叫ぶ女子中学生。
俺のポケットの中では未だに魔王からの着信を知らせるバイブレーションが鳴り止まないままであった。
エアコンの効いた海沿いのクレープ屋。
俺の目の前にはホイップクリームとイチゴがたっぷり乗ったクレープが置かれている。
「私の名前、莉奈って言います」
向かいの席で自分のチョコバナナクレープをかじりながら彼女が名乗った。
「莉奈ちゃんか。俺は湊だ。ごちそうさま」
「ちゃん付けは子供扱いしてるみたいで嫌です。湊先輩って呼びますからね」
生意気な口調だがその目はキラキラと輝いている。
俺も腹をくくってクレープにかじりついた。
甘くて冷たいクリームが乾いた喉を潤してくれる。
しかし俺の心臓は別の理由で激しく消耗していた。
ブブブブブッ。
テーブルに置いたスマホがまるでマッサージ機のように絶え間なく振動しているのだ。
画面には恐ろしいポップアップが次々と表示されている。
『湊くん、どこ?』
『まさか、他の女の子と一緒にいないよね?』
『海に沈めたお猿さんみたいになりたいのかな?』
結愛からのメッセージは完全にホラーの領域に突入していた。
「湊先輩?どうかしたんですか?顔色がすごく悪いですけど」
莉奈が不思議そうに小首を傾げる。
「い、いや……ちょっとお腹が痛いというか命の危険を感じているというか……」
俺が引きつった笑みを浮かべているとスマホの振動がピタリと止まった。
諦めてくれたのだろうか。
そう淡い期待を抱いた次の瞬間だった。
ピコン。
新着メッセージが一通だけ届いた。
送信者は雪乃宮さんだ。
『あなたのスマホのGPS、健太くんに頼んで位置情報アプリで特定したわ。今からそっちに向かうからそこから動かないことね』
「……終わった」
俺はストロベリークレープをテーブルに置き、両手で頭を抱えた。
「湊先輩?」
莉奈が心配そうに身を乗り出してきたその時。
カランコロン。
クレープ屋のドアのベルが死神の足音のように重々しく鳴り響いた。




