消えたトロフィー
ゴリという規格外の厄災を海に沈め、砂浜には四人の乙女たちの荒い息遣いだけが残った。
「……勝った」
「私たちの愛の勝利ね」
結愛と美咲がハイタッチを交わし、雪乃宮と灰も小さく頷き合う。
一時的な休戦協定とはいえ、見事な連携だった。
「さあ、湊くん!お猿さんは退治したから……」
結愛が満面の笑みで、湊が避難していたはずのパラソルの下へと振り返る。
しかし。
「……え?」
そこには誰もいなかった。
湊が座っていたビーチチェアはもぬけの殻だ。
周囲を見渡しても、波打ち際でぷかぷかと浮いている健太の死体があるだけで、湊の姿はどこにもない。
「……湊くん?どこいったの?」
結愛の声からスッと温度が消えた。
美咲ちゃんの顔から血の気が引き、雪乃宮さんの計算式が再びエラーを吐き出す。
真夏の江ノ島で、勝利のトロフィーであるはずの湊が神隠しに遭った。
その事実に気づいた四人のヒロインたちの背後に、ゴリのスパイク以上のどす黒いオーラが立ち昇り始めていた。
一方、その頃。
俺は江ノ島の砂浜から少し離れた、国道134号線の歩道にいた。
照りつける太陽と、通り過ぎる車の排気音。
海風の匂いはするものの、さっきまでの激しいビーチバレーの熱狂は嘘のように遠ざかっている。
俺の前を、小柄な背中がズンズンと歩いていた。
麦わら帽子に夏らしいワンピース。
年齢は中学生くらいだろうか。
俺は彼女に手首を掴まれたまま、ここまで引っ張ってこられてしまったのだ。
ゴリの放ったスパイクの衝撃と砂煙に気を取られている隙に、突如現れたこの子に「ちょっと来てください!」と強引に連行されたのである。
怒涛の展開に頭が追いつかず、俺はただ流されるままに歩道を歩いていた。
「あのさ、ちょっと待って」
俺はようやく我に返り、足を踏ん張って立ち止まった。
手首を引いていた少女が振り返る。
少しつり目がちの、勝気そうな大きな瞳。
海辺の陽射しに照らされたその顔立ちには、どこか見覚えがあるような気もする。
しかし、俺の記憶の引き出しには全く引っかからない。
「……その、君、誰だっけ?なんで俺、海から連れ出されたんだ?」
俺が正直に告げると、少女はピタリと動きを止めた。
彼女は大きな目を見開き、そしてみるみるうちに顔を真っ赤にして怒り出した。
「はあ!?」
国道沿いに、少女の甲高い声が響き渡る。
すれ違う通行人が何事かとこちらを振り返った。
「忘れたんですか!?あの時、道教えてくれたじゃないですか……っ!」
道?
俺は必死に記憶を遡った。
テスト期間の地獄、結愛の尋問、ゴリの襲来……最近の俺の周りは濃すぎるイベントばかりで、日常の些細な記憶が完全に押し出されている。
道を教えた?
中学生の女の子に?
「……あっ!」
不意に、俺の脳裏に一つの光景がフラッシュバックした。
数週間前。
駅の近くで、夏期講習のあれこれのために塾に行こうとしたが道がわからなかった見知らぬ中学生。
見かねた俺が声をかけ、彼女の目的地だった塾までの道を丁寧に口で教えて案内してやった、あの時の迷子だ。
私服であの時よりもバッチリお洒落をして、しかもこんなにも勝気な表情をしているから、全く結びつかなかったのだ。
「……お前、あの時の迷子ちゃんか!」
俺がポンと手を叩いて納得すると、少女はさらに顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。
「ま、迷子ちゃんって言うな……わないでください!私は……」
彼女が何かを言いかけた時、俺のポケットの中でスマホが震え出した。
画面を見ると、結愛からの着信。
そして通知欄には『湊くん、どこ?』『誰と一緒にいるの?』『逃げないって言ったよね?』という、美咲ちゃんや灰からのメッセージが滝のように雪崩れ込んできていた。
俺の背筋に、真夏の太陽の下とは思えないほどの悪寒が走った。




