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乙女の理屈

 試着室から出てきた結愛の腕には白いフリルの水着が抱えられていた。

 そのままレジへと向かい綺麗にラッピングしてもらう。

 店を出てショッピングモールの吹き抜けの廊下を歩きながら俺はふと疑問を口にした。

「結局白にしたんだな。黒の方が好みだったんじゃないのか?」

 試着室に入る前、彼女は黒色の方を食い入るように見ていた気がしたからだ。

 大人っぽくて彼女の好みに合っているのは間違いなくそっちだったはずだ。


 すると結愛は俺の隣を歩きながらピタリと立ち止まった。

 そしてショッパーを大事そうに胸に抱えながら上目遣いで俺を見上げてくる。


「だって、湊くんが選んでくれたんだもん」


 えへへ、と。

 少し照れくさそうにはにかむその笑顔の破壊力たるや。

 周囲を歩くカップルや家族連れの喧騒が一瞬で遠のいていくような感覚に陥った。


 俺の心臓が警鐘を鳴らす。

「……そ、そうかよ」

「うん!海に行くのが楽しみになってきちゃった」

 彼女は機嫌よく鼻歌を歌いながら俺の腕に自分の腕をスッと絡ませてきた。

「ちょ、おまっ……外だぞ!」

「いいじゃん。姉弟なんだし。誰も変に思わないよ?」

 絶対に変に思う。

 周囲の男たちの嫉妬に満ちた視線が俺の背中にグサグサと突き刺さっているのが痛いほどわかる。


 こんな可愛い女性に腕を組まれて歩いているのだから無理もない。

 俺は顔に熱が集まるのを感じながら必死に平静を装った。


 俺たちはそのままフードコートで軽く休憩し、夕暮れの街を駅へと向かった。

 帰りの電車の中では結愛はすっかり遊び疲れたのか俺の肩に頭を乗せてスースーと寝息を立てていた。


 ふわりと香る甘いシャンプーの匂い。

 あの恐ろしかった尋問は見事に回避できたらしい。

 水着選びという超ド級の爆弾を自ら投下することにはなったが結果オーライだ。


 窓の外にはオレンジ色に染まる夏の空が広がっている。

 ふと結愛の無防備な寝顔を見下ろす。

 だがこれで終わりではない。

 俺たちには『海』という最大のイベントが待ち受けているのだ。

 しかもこの結愛の浮かれ具合からしてただの平和な家族旅行で済むはずがない。



 夏休みが始まって数日。

 俺は駅前の図書館の学習室にいた。

 クーラーが効いた涼しい空間で健太と夏休みの課題を片付けるためだ。

「あーもうダメだ。確率が俺の脳細胞を破壊しにきてる」

 健太がシャーペンを放り出して机に突っ伏した。

「まだ一時間しか経ってないぞ。赤点課題終わらせたいならやれよ」


 俺が呆れながら言うと健太は恨めしそうな目で俺を睨んだ。

「お前はいいよな。雪乃宮さんのおかげで赤点回避してさ。おまけに義理の姉ちゃんと海に行くんだろ?」

「ばっ、お前声でかい!」

 俺は慌てて健太の口を塞ごうとしたが時すでに遅しだった。


「……海?」

 斜め後ろの席からひょっこりと顔を出したのは偶然同じ図書館に来ていた美咲ちゃんだった。

「湊くん、海に行くの?」

 彼女の笑顔の裏にほんの少しだけ黒いオーラが見えた気がした。

「あ、いや、その……家族旅行的なやつで」

「ふーん。家族旅行ね。お姉さんと二人で?」

 美咲ちゃんがジリジリと距離を詰めてくる。

 完全に目が笑っていない。


「いいなぁ海。私も水着新調したばっかりなんだよね。健太くんも行きたいよね?」

「行く!絶対行く!俺の夏はそこにある!」

 健太が即座に食いついた。

 俺が頭を抱えているとさらに冷たい声が頭上から降ってきた。

「夏休みの課題も終わっていないのに海へ行くなんて随分と余裕ね、湊くん」


 振り返るとそこには分厚い参考書を抱えた雪乃宮さんが立っていた。

「ゆ、雪乃宮さんまでなんでここに……」

「私がせっかく教えたお勉強法を潮風で忘れられては困るわ。監視が必要ね」

 彼女は凛とした表情のままとんでもないことを言い出した。

「監視って……海で?」

「ええ。美咲さんも行くなら私も行くわ」


 雪乃宮さんと美咲ちゃんの間にバチバチと見えない火花が散った気がした。

 さらに俺のスマホがタイミング悪く震える。

 灰からのメッセージだ。

『最近ゲーセン行き過ぎて飽きた。どこか連れてけ。海とか』

 なぜこいつはいつも絶妙なタイミングでエスパーみたいな要求をしてくるんだ。


 俺は震える手でスマホを握りしめた。

 結愛との二人きりの甘く危険な海旅行計画は開始数秒で完全に崩壊した。

 家に帰ってあの魔王にこのメンバー増殖の事実をどう伝えればいいのか。

 俺の胃はすでにキリキリと痛み始めていた。

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